歴史は繰り返す

Historical Cycles
2014年3月7日 Francisco Toro

訳注:
チャベス対マドゥーロ。
1989年のカラカス暴動を機に台頭してきたチャベス。当時の政権批判が現在のマドゥーロ政権に対する学生運動と重なる。
当時の政府による攻撃は現在のマドゥーロ政府より暴力的で、死傷者の数ももっと多い。とはいえ、チャベスの意志を継ぐ政権がそのままチャベスが闘った政府と同じことをしているのは皮肉なことだ。

ベネズエラの歴史:カラカソ以降からチャベス時代(Wikipediaより)
1989年に民主行動党のペレスが再び政権を握ったが、原油価格の低下は債務危機と共に緊縮財政を余儀なくし、こうした中で財政再建のために新自由主義モデルを導入しようとした。この政策により1989年に実施された公共料金の値上げはそれまでの石油収入のレント政策で宥められていた低所得者の怒りを招き、カラカス暴動(カラカソ)が起きた。組織化されていない非武装の大衆を相手に、政府は軍の出動、発砲を命じ、この事件で700人以上(3000人とも言われる。諸説あり)の死傷者を出した。

こうした状況下で1992年、軍の空挺部隊の一員だったウーゴ・チャベス中佐が政治改革を求めて、2月と11月の二度に渡り数十年ぶりに軍事クーデターを起こそうとしたが、これは失敗した。翌1993年にはコペイの創始者のカルデラが貧困層や中間層へのポプリスモ的な政策を掲げて当選したが、それでも経済停滞は貧困層への十分な対策を立てられなかった。1998年12月の選挙で、1992年の二度のクーデター未遂事件の首謀者で、第五共和国運動を率いたウーゴ・チャベスは貧困層からの圧倒的な支持を受けて当選し、民主行動党とコペイ党の二大政党制は崩壊した。

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