大学生たちの戦い

一本のビン、そしてこれ
:私のベネズエラ中央大学での午後

One Bottle, Then This: My Afternoon at UCV
2014年 3月13日 Francisco Toro

これは匿名希望の読者により送られてきた昨日(3月12日)ベネズエラ中央大学(UCV)で行われたデモ行進および混戦の目撃談である。

それはいつもながらの出発地点とルートの混乱から始まった。ここ数週間の路上のデモ行進では、情報が紆余曲折するのは普通だった。この手のイベントに対して、洗練された告知を行ったり、数日前から先立って大々的に宣伝したりするのは過去のものでしかない。デッキを組み立てたり、音響設備を借りたりする時間もお金もないのだ。それどころか、私たちは近場で必要最低限のものを使った手作りのデモ行進を開催しているので、土壇場で予定が変わることも珍しくない。

政党、集会と抗議運動に関する法律の第43条は、明白に、共和国のあらゆる住人には自由に集まる権利があるとしており、それが実施される24時間前までにその集会の計画を自治体に通知するだけでよいとなっている。集会を開こうとする際に通知することは、許可を求めることとは大きく異なる。だからこそ、3人の命が犠牲になり数十人が負傷したあの運命的な抗議デモのちょうど1ヶ月後に、カラカスの学生達は再び、市民社会に対して通りに出て例の人権オンブズマンの辞職を求めて*1彼女の事務所までデモ行進を行うことを呼びかけた。

最初から次のような噂が飛び交っていた。

「マドゥーロは私たちがベネズエラ広場を通り抜けることはできない、と言った」、「チャベス派がブリオン広場に集結すると発表された」、「地下鉄がとめられると言ってるのを聞いた」などだ。

だから、このデモ行進にはぼんやりとした挑戦という雰囲気がありありとしていた。全体的に「通り抜けてやろう」という感じであった。

11時頃私たちは、最終的にはオンブズマン(Defensoría del Pueblo)事務所に通じる全く別の全然まっすぐでないルートで行進を始めた。トランシーバーや拡声器で最新の状況報告を受けつつ、私たちはベジョ・モンテからロスチャガラモスまで進んだ。そして若者の反逆者たちの伝説的な本拠地、ベネズエラ中央大学(UCV)を通り抜けた。

中央大学を半分ほど通り過ぎた頃、行進は止まった。「暴動鎮圧のための機動隊に止められたぞ」先頭集団からの情報を伝えている学生が知らせた。「警察の責任者と交渉中です。行進は続けます。どうか座って待って下さい。通してもらえるはずです。」

抗議デモ参加者が待っている間、厳重に道路封鎖された方に進むことにした。集団の前方に行けば行くほど参加する人の特徴は変化していく。白いTシャツを着て旗を持った年配の市民、主婦や学生から、徐々に戦闘服に近いタイプ、シュノーケルやペットボトルで作った呼吸するための装置といった、有り合わせのもので作った催涙ガスマスクを身につけた人が増えていった。

バックパックの中には催涙ガスの効果の緩和剤という貴重な発見が入っている。酢に漬けたハンカチ、マーロックス液の入ったスプレー缶、催涙ガス弾を投げ返すための軍手だ。学生と治安部隊の衝突は言葉のやり取りに限定されているので、まだこの時点ではそのどれも出番がなさそうだ。

「私たちの目的が正当なもので、私たちにはこうして通りを歩く権利があるってよく分かってるんでしょ」と若い女の子が分厚いプレクシグラスの盾の後ろの警官に向かって言った。その警官と共に400人ほどが人間バリケードのように並んでおり、その後には7台の鎮圧用の軽装甲車(抗議デモ参加の用語ではサイと呼ばれている)と高圧放水砲(初心者向けでクジラと呼ばれるもの)が控えていた。

学生の主催者たちはこの抵抗運動が暴れ出さないよう、本当によくやっていた。私たちが通してもらえるまでおとなしくしているようにと呼びかけられ、私たちはその通りにしていた。国家が歌われていた。

そしてそのとき、スローモーションで、一本のガラス瓶が、完璧な軌道、完璧な放物線を描きながら空中をすうっと飛んでいくのを見た。アビラ山とカラカスのきらめく太陽を背後にしてその物体が優雅に飛んでいき、ヘルメットと盾の海に落ちていく、その1秒に満たない間、時は止まったようだった。

あぁぁぁぁ

終わった。通してもらえるわけがない。

その直後、催涙ガス弾が空から雨のように降ってきて、放水砲からは水がすごい勢いで放出された。

それから機動警察隊と学生の間の激しいやり取りが始まった。それはある意味で無意味に容赦なく続く応酬だった。その中で一瞬の後退で的確に蹴散らされ、また次の一瞬には抵抗する学生も再び集まってきた。ヒリヒリするような苦い催涙ガスの煙に包まれ学生達は嘔吐したりヒイヒイと声をあげキャンパス内に走っていき、息をするために地面にうつぶせに倒れこんだ。そして他の学生が交代で出て行っては、私たちの方に向けて撃たれた催涙ガス弾を投げ返した。常に一人は守備体制にある学生がいて、キャンパスの背後の方にいる人達を守っていた。

先頭のこっち側にいる人は誰もがすぐに戦友となった。「マーロックス!誰かマーロックス持ってるひとっ!」涙で目が見えなくなった医学部の学生が叫んだ。即座に十数人のデモ参加者が彼を助けに来ては、緩和剤のスプレーを渡し、「口から息を吸っちゃダメ、痛みがもっとひどくなるよ」などという経験から得た知識を一所懸命アドバイスしたりした。いくつかの盾が機動隊から奪い取られ、キャンパスで声援を送る学生たちの元にトロフィーのように運ばれた。

中央大学の入り口の屋根にいた大胆な新聞のカメラマン達のシルエットが灰色のガスの霞の中に頻繁に浮き上がった。それはあたかも機動警察隊がその不運な見物人めがけて催涙ガス弾を投げる練習をしているかのようだった。一人の人が私の目前で倒れた。近くで発砲があった。

この一見混乱状態の背後にはちゃんとした秩序があった。顔面に催涙ガス弾がびゅっと飛んできたので、目が見えなくなってよろめきながら、私はいわゆる生産ラインの中に走っていった。そこではコンクリートの厚い板の石切り場になっていて、別の人がそれをより小さな塊に砕き、さらにそれを念入りにみんなが共通で使う石の保管場所に積み上げていった。さらに別の人はゴミや瓦礫を集め、石を投げる人達のためにその場しのぎのシェルターを作っていた。

まだデモ行進をさせてもらえないことに腹を立てており、同時に私の周りが戦場となって足がすくんでしまっていたが、もはやそこは私が割って入れるような戦いの場ではなくなっていることにふと気付き、私はそこから退き始めた。しかし他の戦闘に加わっていない沢山のデモ参加者の集団と一緒に私が出口に近づいたとき、バイクに乗ったコレクティボス*2と赤い覆面の集団が中央大学のキャンパスになだれ込んできた。ちなみに忘れないように言っておくと、中央大学キャンパスはユネスコの世界遺産である。そこでコレクティボスは彼らの棒やバットの恐怖から逃れた学生たちを追いかけ回し始めた。私はこの包囲作戦の結果を見届けるまで長くはその場にいなかった。でも、そこでこのならず者たちが誰からの罰を受けることなく、学生をおびえさせ傷つけるのを見ながら私たち全員が感じたあの恐怖と無力感については証言できる。

自分達を守っていた学生達が、時々は、暴力的ではなかったと言うのは事実に反するだろう。実際、彼らは石を投げていたし、実際、彼らはゴミを燃やしていた。そして実際、誰か卑劣な奴が今日の大混乱のきっかけとなったビンを投げたのだ。しかし政府は恥知らずにも私たちの正当な抗議する権利を否定するという戦略を使い、こうしてフラストレーションをかきたてることで、大喜びで暴力を誘発しているのは事実である。どちらが先に尽きてしまうかはまだ分からない。自分達の道路を取り返そうとする国民の意志が先か、ここのところ唯一供給の途切れることのない*3催涙ガス弾が先か。

 


訳注*1)今回の抗議デモの背景

ベネズエラでは抗議運動に参加した学生などが拷問を受けているという報告があり、それを受けて、3月8日人権オンブズマンのガブリエラ・ラミレスは、拷問について情報を得たり自白を得る目的で人を故意に傷つけたり苦しめることが拷問であり、自白などを強要する目的でない場合については拷問ではなくただの虐待であるという旨のコメントを行った。人権オンブズマンという立場にある人物が勝手に拷問の定義をゆがめて解釈し、市民に対して行われている拷問の事実を無視、政府の責任を一切追求しない態度に批判が集まり、今回の抗議デモが起こった。

訳注*2)コレクティボスcolectivosとは

コレクティボスは熱帯版のバシジのような民兵の集団である。彼らは武装した民間人のギャングで、幅広く政府と手を結んでおり、抗議運動をする人々を制圧するために治安部隊と連携して動いている。自分の家の近所の組織を拠点とし、自助委員会を持つ。元々は、警察の力が届かない貧民街を犯罪から守り安全を維持するために組織されていた。しかし徐々に民兵組織として利用されることが増え、政府の“汚い”仕事を進んで行うようになっている。実際にどの程度まで政府によってコントロールされているかは不明。ただコレクティボスは政府を支持する人達の集団である一方で、統一された指揮系統の一部にはなく、したがって公式の戦闘規則には一切従わない。また抗議する人々の間に実弾を発砲している姿の映像も撮影されている。

訳注*3)ベネズエラではここ数年、伝統料理のアレパの粉、バター、鶏肉などといった食料、日用品、薬、トイレットペーパーや新聞紙などの紙類、工業製品などの部品などに至るまで物不足が深刻な問題となっている。

広告

大学生たちの戦い」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: ベネズエラのデモ:学生たちの戦い | Japan News

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中