物がなくとも

べにこ

先日、地方に住む友人が用事でカラカスへやってきた。
朝3時半に起き早朝の飛行機に乗り、空港からバスや地下鉄に乗り継いで、あっちこっち一日かかって用事を済ませ、くたくたになって我が家へ着くと、夕食のあとシャワーを浴びてすぐに寝てしまった。

翌日、せっかく久しぶりに都会に出てきたのだから、どこか特別に行きたい所があるかと聞くと、スーパーへ行きたいという。とにかく全然必要なものが手に入らないそうだ。政府はカラカス市民を怒らせたくないので、物がないといっても探せば、いつも使っているものではなくても、代用品がどこかで見つかる。

スーパーを2軒回り、油、粉、砂糖、コーヒー、薬、石鹸やシャンプー等を2つずつ買い集めた。それ以上持っていると、空港で軍人に調べられ取り上げられるかもしれないので、持っていけないのだ。

最近、宅急便による食料品の送付が禁止されたので、送ってあげるわけにもいけない。

それでも重い袋を抱えて嬉しそうに帰っていった。
だけどそんなもの、一月と持たないから、その後はどうするのだろう?
そして都会に買出しに行けな人たちはどうしているのだろう?

我が家の冷蔵庫には食料品がぎゅうぎゅうに詰め込んであるし、ベッドの下にはトイレットペーパーが一杯だ。物を見れば必要がなくても買う習慣が身についてしまった。次に何時手に入るか分らないと言う不安感から、前もって前もって買ってしまうのだ。だから、かつてないほど台所は物で溢れている。

それで日本にいた時のことを思い出した。必要がなくても、かわいいもの、おいしそうなもの、みんなが持っているものついつい手に取り買ってしまい、家に帰ると、同じようなものがあったり、置く所がなくて困って、しばらくすると結局ゴミ箱行きになることが多かった。
世界には水や電気の無い国がたくさんあるしアフリカには餓死する子供達がいるというのに、日本は物に溢れ、買わなくてはいけないような雰囲気になっていて、他国のことに無関心、無感覚になっていた。

でもベネズエラに来て物のありがたさがわかるようになった。壊れても縫ったり、修理したり、リサイクルしたり、最後まで大切に使う。もし自分が使わなくなっても、欲しいという人が必ず周りにいる。
食べる分だけ料理し、余っても次の日に他の方法で使用する。犬や動物がいればあげられるし、土に戻して肥料にすることもできる。

本当に必要なものとは何かを考えると、人間はわずかなもので生きられるはずなのだ。

この国では、日本のような自然災害が殆ど起こらず、一年中素晴らしい常夏のお天気だ。青い空、澄んだ空気、美しい自然や海山、きれいな花や木々、飛び交う珍しい蝶や鳥が沢山いる。政治経済や治安の悪さが解決すれば、昔のように世界中の人が住みたいと思う国になるはずだ。

昔読んでなるほどと思った言葉がある。確かアメリア開拓民のモットーだったように思う。
ここにご紹介しよう。

最後まで使い切れ Use it up,
擦り切れるまで着よ Wear it out.
作ってごらん Make it do,
なくても何とかなるさ Do without.

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