死に至る物不足(追記あり)

先日の医薬品不足の話に続き、Caracas Chroniclesのインターンのレイチェルによる、HIV患者の状況を伝えるルポルタージュを紹介します。


物不足における命の問題

Life in short supply
2014年6月17日 rachellekrygier

政府は抗レトロウィルス薬の不足を否定している

政府は抗レトロウィルス薬の不足を否定している

マルティン・カルバジョ先生は大学病院のHIV科の主任だ。しかし、患者達に「必要な抗レトロウィルス薬が手に入らないときは、どうすればいいんでしょう?」と尋ねられても、彼にはどう答えればいいのか分からない。

「何て言えばいいんだ?私にできなることなどない。彼らにも、できることなど何もないんだ」と彼は話す。

ベネズエラ中央大学(UCV)の大学病院(つまり、ベネズエラ国内でトップレベルの医大)の旗艦施設だったはずの伝染病病棟。そこの青い壁のペンキが剥がれ落ちている。カラカスのとても暑い朝、開け放たれた窓からは、ほとんど風も入ってこない。カルバジョ先生は、昔に比べればもぬけの殻になったと言うが、暑さのせいか狭苦しく感じる。

不安そうな顔で、医師の返答とおそらく入手できないであろう薬を待つ人々。ここの通路は無限の空間を凝視しているには十分奥行きがあるが、他の患者の存在に気付かずにいるには幅が狭すぎる。一体、彼らはどれほどの時間をこんな不安な精神状態で過ごしてきたのだろう。

カルバジョ先生は入院患者をチェックしている。数ヶ月に渡る抗レトロウィルス薬不足のせいで、患者の免疫システムは弱まり、結核や髄膜炎やカポジ肉腫に対抗できなくなっている。

病室に入りながら「患者を治療するためのものは、基本的に何もないんだ」とカルバジョ先生は言う。その病室では4人の患者が青いカーテンで囲まれ、5人ほどの患者の家族が壁にもたれていた。数脚の椅子が置かれた小さなテラスがあり、そこに2人の男性と1人の女性が外で列を作っている人々を見ていた。列に並ぶ人の中には疲れて地面に座りこんでいる人もいる。

「この国の至る所で同じような問題が起きている。場当たり的な解決策、何から何まで管理は不透明、サプライヤーは常に変わり、多額の負債をして料金を払っても、最終的に薬が届かないこともある。WHO(世界保健機関)は、この国の状況はまだウガンダやエチオピアほどではないと言う。まだそこまで悪くはない・・・でも、すぐにそうなるさ」。
彼は神経質そうにくっくっと笑った。

医師が部屋に入ってくるなり、1人の女性がさっと立った。彼女は作り笑いをして彼に近づいた。一つのカーテンの内側にいる看護師達の一団が医師に「もし患者が必要な薬のほとんどが手に入らない場合は何を出せばいいですか?」と聞いている間、女性は医師の注意が自分に向けられるのを待っている。

「ここに来るまでで、患者が治療を受けずにいた期間はどのくらい?」
医師は褐色の肌の女性に尋ねる。
「うーん、そうですね・・・12月当たりからですか、併用しているうちの一つの薬が見つからなくて、何も薬が与えられなくなったんです。今、私たちは薬が手に入るようになるのを待っています。5月になって、いくつかの薬は見つけらるようになりましたが、またいつ薬が消えてしまうか分かりません」。

医師は動揺した表情を静かに振り切るように、20秒ほどの沈黙を破った。「彼の気分はどう?」と医師は患者を指差して尋ねる。患者の体勢は不自然だ。少なくとも、快適そうには見えない。「だいぶ良くなっています」とその付き添い人は答える。彼女は患者の覆われていないお腹を触って起こそうとするが、患者はただ少し微笑み、放っといてくれ、と言うように手で合図した。

「このような患者を入院させなければならないのは、例外的なケースだ。実際は、患者の症状の悪化はかなり長い時間をかけて起こる。でもこの男の子は5ヶ月も治療せずに過ごしてしまった。だから今、彼はかなり悪い状態にある」。早足で歩きながら、医師は早口でそう言った。

政府から援助を受けている公共機関としての大学病院について尋ねると、「国内で治療を受けている患者は6万5千人近くいる。そのうちの10%がここに来る」と医師は言った。「通常、世界に30種類ほどある抗レトロウィルス薬のうち国内で手に入るのは20種類近くなんだが、今はそのほとんどが手に入らない」。

医師は患者達が列をなしている小さな薬局の横で立ち止まった。そこのカウンターで働く女性と話すためだ。彼がその日不足している薬はどれか尋ねると、女性は4種類の主要な薬がなくなりつつあると述べた。彼女は医師に不足している薬品に関する新聞記事を見せる。「ありがとう、ヴィクトリア。さぁ、行こう」

医師は言う。
「列を見たろ?少なくともあの列に並んでる患者の半数は自分達に必要な薬が手に入らないことは知ってるんだよ。こういう状況で政府は必死になって薬をかき集めてるけど、これらの薬を入手するには、店に行ってアバカビル3万本下さいっていうわけにはいかないんだよ。複雑だし、時間もかかるんだ」。

「政府はいつだって現実逃避して、まともな答えをよこさない」と話す医師は苛立っていた。「コンテナが到着すると言う。それはラグアリアにあると言う。でも、実際に薬が到着したためしがない。10月からは未だかつてないほどの薬不足が続いている」。

医師は自分のオフィスに到着しかけたとき、患者が文句を言っているのを耳にして足を止めた。「だから・・・先生は10時には来るんですよね」

彼は向き直って私に言う。大きな声で、患者にも聞こえるように。「あの人達は薬不足については文句は言わないが、医者がここに10時に来ないと文句を言うんだよ。私たちに対しては文句を言うが、政府に対しては何一つ言えやしないんだ」

それから彼は患者に向かって「はいはい、先生はミーティングだったんだ。でも今ここにいるよ。当直ですらないのにね」。

彼はようやく彼個人のオフィスとは思えないほどの小さなスペースに腰を下ろした。そこは完全に空っぽで、金属の机と二脚の椅子があるだけだ。壁は薄汚れており、何の飾りもない。ただ小さな開いた窓があるだけだ。「わかるかい」と医師は紙を1枚取り出しながら言う。

「普通、HIV患者の7割は適切な治療を受ければ、重症にはならない」そして彼はいくつかの薬の略号を書き、それらをいくつかの組み合わせで並べた。「もちろん、治療ができなければみんな終わりだ。でも普通は、患者の具合が悪くなるのは、ある種の薬の組み合わせに対して耐性を作り出してしまうからだ」。

彼は一つの略号から別の略号に向けて矢印を書いた。「そうなると、患者にはより複雑な治療が必要になる。ある種の薬を別々に与え、それを他の薬と組み合わせる」。

「ここでの問題は、今は薬が別々には手に入らないということだ。だからより複雑な治療が必要な患者が、一番、薬不足の影響を受ける」。彼はいくつかの薬の略号を線で消す。「そして、さっきのあそこにいた女性が君にも話したように、もし一つの薬が欠けていれば、他の薬も投薬できないんだ」。

彼はペンで薬の略号の一つ一つを指し示す。「最大の問題は、不足している薬は一つじゃない点だ。ある時点では、どれも全て不足していた」。最後に彼は、その走り書きの上に大きなバツ印を書く。そのせいで、理解不能の文字がさらに判別不能になる。

「薬は10日間手に入ったと思えば、また姿を消す。そうするうちに、別の薬も不足する」。彼は顔を上げ、頬を触り、眉毛をつり上げた。「それが患者に起こりうる最悪の事態だ」。

牛乳が見つからないのも困ったものだが、HIV陽性の人々にとって、抗レトロウィルス薬の不足の拡大は単に不便と言う以上の問題だ。

この薬の供給と流通の責任は、政府のHIVエイズプログラムにある。しかし、そのコーディネーターであるミゲル・モラレスは薬不足の問題があること自体を完全に否定し、さらに問題は「地域コミュニティの組織やNGOや医師や地方のコーディネーターが、患者にちゃんとした方法で薬を届けていない」せいだと非難している。

しかし、薬不足はどう見ても明らかだ。私のように、ベネズエラ中央大学の大学病院に少し足を運んでみさえすれば、自分の目ではっきりと確認できる。

帰り際、私は考えていた。列を作って待っている人々や、あの笑顔の褐色の肌の女性のように絶望した親族たち、そして何より、これらの問題に晒された患者一人一人と顔を突き合わせて、ただ「私にできることは何もない」と言わなければならない医師達を前に、彼らが直面している問題の存在自体を否定する。そんなことができるモラレスのような役人になるには、一体どれほど冷酷でなければならないだろうか、と。


追記:翻訳者メモ

ベネズエラの医療や保健に関する大きな問題の一つ、チクングニア熱に関する記事がウォールストリートジャーナル日本版に掲載されていた。
ベネズエラで感染症の不安拡大、政府は情報伝えた医師を「テロ行為」と非難 
2014年11月4日更新

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