ウリバナ刑務所の暴動の背景

新ウリバナ刑務所=旧ウリバナ刑務所(追記あり)

New Uribana = old Uribana (Third Update)
2014年11月26日 Gustavo Hernandez Acevedo

新しい監督官に対して抗議運動を行うウリバナ刑務所の受刑者の家族たち

新しい監督官フリオ・セサル・ペレスに対して抗議運動を行うウリバナ刑務所の受刑者の家族たち

 

ここ数日の間、僕の住んでいるバルキシメトの近くにあるウリバナ刑務所では、その内部でも外部でも緊張状態が続いている。これは2013年のはじめに起こったベネズエラ史上最悪の刑務所の暴動に次ぐ、2番目にひどい暴動だ。

暴動の発端は、先週新しい監督官フリオ・セサル・ペレスがやってきたことだった。彼は、受刑者のボディチェックを大規模に行うことで、自らの権威を示そうとしたのだ。受刑者たちの家族らは、ウリバナ刑務所内の状況はその時から悪化し、またペレスが職員を脅していたと訴えている

イリス・バレラ刑務所相は、公にこの新しくやってきた監督官を支持し、これらの行動は「受刑者の一部の集団の特権を止めるためだった」と説明した。受刑者の家族の一部はバレラ刑務所相の訴えを認めず、抗議は続いている。

少なくとも400人の受刑者がウリバナ刑務所からアラグア州のトコロン刑務所(ナイトクラブのある刑務所で有名なところだ)に移送された。そして、後に残された受刑者たちがハンガーストライキを始めたのだ。彼らが要求している事項の中には、ペレスの免職も含まれており、その他、受刑者の生活環境の全面的な改善を求めるものであった。バレラ刑務所相はこれに対してツイッターで次のように答えた。「ハンガーストライキなんてありません。以上

どうしてこれに関するニュースが少ないんだろうと思っている人もいるかもしれないが、それは国家警備隊が報道関係者が仕事ができないようにしているからだ。*

*訳注)国家警備隊は報道関係者から映像や写真を奪い、殺すと脅したとある。

2013年の暴動の後、政府は刑務所を閉鎖し、すべての受刑者を他所へ移送した。監獄は早々にリフォームされ、暴動で亡くなった国家警備隊の兵士にちなんでダビド・ビオリア刑務所と名付けられて3ヶ月後に再びオープンした6ヶ月後には近くに二つ目の刑務所(フェニクッスと呼ばれている)が作られた。

とはいえ、「変われば変わるほど、元のまま」なのだ。基本的な条件は全く改善されておらず、ときどき暴動が起きている。どれほど状況は悪いかって?まぁ、フリオ・セサル・ペレスがこの3ヶ月で3人目の監督官というのを考えてみればわかるだろう。

ウリバナ刑務所を新しい刑務所システムのモデルにしようとしていた試みは、期待したほどうまくいかなかったようだ。とはいえ、他がもっとマシかといえば、そうでもない

追記 # 1: 状況はますます悪化している。まず、バルキシメト中央病院でオーバードーズの疑いで受刑者3名が死亡したことが公表された。さらに、その人数は13人まで増えた。どうやら、当局の注意をひくために、受刑者の何人かがリボトリルという名前の薬物とアルコールを併用したようだ。刑務所省がこのことを声明の中で認めており、それによれば、少なくとも145名の囚人が中毒症状で治療を受けたとしている。

追記 # 2: NGO団体ベネズエラ刑務所観測所 (OVP)は、AFPに対して死者の数は19名に上り、この事件に関する政府当局の見解に深刻な疑いを持っていると話した。ラジオ局フェ・イ・アレグリアは、死者は今までのところ少なくとも24名に上ると伝えている。また他の35名は危篤状態にあり、12名は昏睡状態にあるという。さらに、先週トコロン刑務所に移送された400名の受刑者のうちの4名は昨夜死亡したと伝えている。

追記 # 3: 最新情報によれば、25名が死亡、96名がなお中毒症状で入院中とのこと。


<翻訳者メモ>

本ブログでも何度か書いているが、ベネズエラの刑務所の中は文字通り無法地帯である。塀の中にはプランと呼ばれる受刑者リーダーにより統括されており、刑務所としてのサービスはほとんどなく、生活環境は劣悪で、武器などが溢れている。各囚人は主に家族による援助と自分の才覚を使って生き延びねばならない。

囚人が別の街へ移送されることは、家族らからの援助が受けられなくなるという意味であり、新しいプランの元で人脈を築かねばならないことであり、つまりは生き延びられる可能性が低くなるということだ。囚人の家族たちが必死に訴え、抗議を続ける理由もそこにある。例え軽犯罪で刑務所に入れられても、運が悪ければ刑務所内で殺されたりのたれ死ぬことは十分にありうるのだ。

ちなみに、トコロン刑務所内のクラブのパーティーの様子はこちら

そして、元受刑者が自らの体験をもとに描いた刑務所のアニメがこちら。残念ながらこのアーティストも今年に入って殺されてしまった

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ウリバナ刑務所の暴動の背景」への2件のフィードバック

  1. ときどき記事を読ませていただいてます。
    2013年の暴動のときHCUAMPで働いていましたが、戦争が始まったかと思いました。
    オーバードーズ、きっと嘘ですね。

    いいね

    • コメントありがとうございます。
      オーバードーズというのは私も信じられません。不自然ですよね。

      2013年の暴動を実際に目撃されたんですね。
      私はメディアを通じてしか知りませんが、それでも戦争のように見えました。

      こんな大きな暴動が起きなくても、すでにベネズエラの刑務所の状況は異常だと思います。チャベスの栄光や社会主義革命の影で、政府の力も関心も結局は行き届かずに打ち捨てられ、不当に犠牲になっている受刑者たちがいることは少しずつ伝えていければと思っています。

      いいね

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