『ウーゴ・チャベス ベネズエラ革命の内幕』著者インタビュー

英紙ガーディアンの記者ローリー・キャロルAnotated much
による『ウーゴ・チャベス ベネズエラ革命の内幕』(伊高浩昭訳、岩波書店 2014年)は、21世紀の南米のカリスマ政治家、故ウーゴ・チャベス大統領の政治と生き様を、チャベスの元側近、政庁や政府の末端で働く人々へのインタビューを通じて多角的に描き出したルポルタージュである。

日本語で読めるベネズエラ政治に関する本は非常に少ない。特に、専門家によって書かれた内容的に信頼できる書籍はほとんどないのが現状だ。現在ベネズエラで起きていることに興味がある人には一読の価値がある一冊だ。

本書のレビュー(と、翻訳に対する批判)を書くにあたって、私は著者ローリー・キャロルにスカイプインタビューを行ったので、ここで紹介したい。

本書の日本語版の誤訳や誤読に関する詳細はこちらの記事を参考に。→《ラ米専門家の伊高浩昭氏によるチャベス本の誤訳、内容の歪曲がひどい

ローリー・キャロル

1972年アイルランドのダブリン生まれ。1997年以降、ガーディアン紙の記者として働く。イエメンやコソボ紛争直後のセルビア、ローマの特派員として活動した後、2002年から2005年まではアフリカ特派員としてヨハネスブルグに駐在。イラクのバグダッドに駐在中の2005年10月19日にはサダム・フセイン政権の犠牲者にインタビューを行った後で拉致されるが、翌日解放された。2006年からラテンアメリカ担当としてカラカスに駐在し、2012年以降、現在までアメリカ西海岸特派員としてロサンジェルスを拠点に取材を続けている。インタビュー時は、偶然にも、第二次世界大戦時に日本の陸軍が開発した風船爆弾からの生存者についての記事を準備中だと話してくれた。

Twitter Rory Carroll @rorycarroll72


R:ローリー・キャロル :野田香奈子

チャベス大統領官邸に肉薄する

ベネズエラのチャベス時代について、これだけ正確な情報を集め、緻密な裏付け取材を行うのは大変だったと思いますが、この本を書く際に一番苦労したのはどの点でしたか?

R:まず、この本の目的は、大統領官邸(政庁ミラフロレス)に肉薄することだったんだ。なんなら官邸についてだけ書いて、他はオマケでもいいと思っていた。
知ってると思うけど、ベネズエラ人はフレンドリーでよく話す人ばかりなんだ。でも実際に、この手のインタビューになるとカオスでね。彼らの友好的な態度にも関わらず、官邸の内側に入り込むのは本当に難しかった。
だから質問に答えれば、一番難しかったのはチャベスに近い情報提供者を得ること、かな。
こう言うと本の宣伝にはならないけど、特にチャベスが亡くなる前年のリポートをもっとできれば良かったのに、と思う。とはいえ、そこまでは本当に近づけなかった。

夫(フランシスコ・トーロ)は、ベネズエラで取材するとき、自分に染み付いたカラカスのエリート層のアクセントが人々に警戒心を与えてしまい邪魔になる、とよく言っていました。ローリーはアイルランド人ですが、外国人であることは、ベネズエラでの取材において役に立ったと思いますか?

R:興味深い質問だね。外国人であることは、時に有利に働き、時に不利に働いた。アクセントのせいで敵対心を抱かれることはなかったけれど、ヨーロッパ人だからといって私に対して不信感を抱くチャビスタ(チャベス派の人)はいたよ。
とはいえ、ベネズエラで暮らした5年間は、国の実態を理解するには十分な長さで、同時に、アウトサイダーとして距離をとって全体を俯瞰するにもちょうど良い長さだったと思う。

本書ではカラカスの外、地方に住む人々も取り上げられており、特にカラカスを抜け出して地方へ取材へ向かう際の描写が印象的でした。地方へ行くと気持ちが楽になるともありましたが、カラカスと地方ではそんなに違うのでしょうか。

R:カラカスは、ジャーナリストや政治家、政府の役人にとっては、緊迫していて、常に緊張を強いられる息苦しい場所なんだ。他の職種の人にとっても同じかどうかはわからないけど、精神衛生上も良くない雰囲気があった。
カラカスはチャベスのお膝元だからね。もちろん、直接何かされるわけではない。でも、チャベスの存在が常に肩にのしかかっている感じがあった。チャベスの存在がいつも近くにあった。
これに対して、田舎の人々はよりオープンで、ジャーナリストに話をすることに対する恐怖もあまりないようだった。チャビスタでも外国人に対して安心して話せる感じだった。これはチャベスの存在が遠いせいだと思う。
ベネズエラに限らず、首都に住む人々と地方に住む人々の政治に対する態度はかなり違う気がするね。独裁政権が続くアフリカの国などは特にその違いが大きい。もしこの違いについての研究があるなら、ぜひ読んでみたいな。

演劇の舞台とは

続いて、本書のテーマの一つ、stage(演劇の舞台)について聞かせてください。

R:Stageの比喩はとても役に立ったと思う。チャベスはエンターテナーで、根っからのパフォーマーだったし、何よりメディアを掌握していたからね。チャベスが登場すれば、いつでもどこでもショーが始まった。チャベスは全てをショーに変えてしまったんだ。映画の『トゥルーマンショー』みたいに、全てが作り物だった。
だから、私はこのバックステージを描写したかったんだ。チャベスのステージの照明係とか、大道具係とか、裏方の様子についてね。

チャベスの死後マドゥロ政権下で、この演劇の舞台に変化があったと思いますか?

R:いや、演劇の舞台は今も変わらず機能している。外国のメディアに売り込むための物語を書くことなど、政府にとっては容易いからね。ベネズエラ政府から発信される情報が完全に馬鹿げていても、こういう物語を信じたい人々が、国外には沢山いるんだよ。
ただ、チャベスはその物語を国外の人だけでなく、ベネズエラに住む国民にも信じさせることができた。それが現在のマドゥロ政府と大きく違う。チャベスは「彼自身の考える現実」を実際に作り上げることができたんだ。

イリュージョニストとは

自分の思う現実を作り上げるというのは、本書のもう一つのキーワードであるイリュージョニスト(Illusionist)に通じますね。

R:実を言うと、元はIllusionistというのを本のタイトルにしようと思っていたんだ。だけど、最終的に、チャベスの評価を頭から決めてかかるようなタイトルは良くないと判断してやめにした。
でもチャベスによるイリュージョンは今もなお続いていると思う。例えば、今、「チャベス時代は良かった」という人がいるよね。経済を見ても、チャベス時代の方が良かったのは事実なんだけど。

この「チャベス時代は良かったのに」という思いは、チャベス派の「チャベス万歳、くたばれ政府(Viva Chávez, abajo el gobierno)」のようなスローガンにも現れていますよね。このような考え方を「魔術的発想(magical thinking)」と表現されていますが、この点についてもう少し教えてください。

R:魔術的というのは、チャベスがメシア、救世主タイプの指導者だからだ。つまり、チャベスが問題の根源であることは分かっていても、人々はそのことで指導者を非難しないという構造だ。
「自分はチャビス支持なんだけど」と断った上で私に不満を語った人々は、チャベスのせいだと明言はしなかったけれど、何が問題かは分かっていたと思う。口に出すことができなかっただけなのかもしれない。
「チャベスは悪くない」と信じるグループの人か、それを信じない人か。つまり、問題の根本を分かっていない人なのか、分かっている人なのか。チャビスタの中でも、私は後者に関心があったんだ。

ベネズエラにはサンテリアのような感じで、チャベスを宗教的に崇拝している人々の話を聞くことがありますが、その点はどうですか?

R:確かにいる。ただ、チャベスに対するカルト的崇拝は読者の興味を引くから記事にしやすい、というのはあると思う。チャベスを信仰の対象としている人は探せばいくらでも見つかるしね。でも実際には、そういう人は少数派だと思う。

イリュージョンの政治を行ったのはチャベスが初めてではない

ベネズエラ文化の魔術的な要素に少し関わるかもしれませんが、本書の冒頭にはガルシア=マルケスが登場しますね。残念ながら私はガルシア=マルケスの著作では『百年の孤独』しか読んだことがないのですが、本書に滲み出ているベネズエラでのハチャメチャな喧騒と、その後に残った虚しさという対比に、マコンドを思い出しました。

R:ベネズエラはマコンドになりつつある、と書きたい誘惑には駆られたよ。でもやはり、私はジャーナリストだから、事実から離れるべきでない、愛着によって物事を描写するべきではない、という考えに立ち返ったんだ。それで、あえて想像で書くことは避けた。そうでなくとも、チャベスの周りでは煙に巻かれたり、目くらましにあったりすることばかりだから。
それに、厳密に言えば、ベネズエラはチャベスのせいで「マコンドになった」わけじゃない。ベネズエラという国がちゃんと機能したことなんてなかったんだ。いつの時代も常に機能障害にあった。

そもそも、石油マネーを使ったイリュージョンのような政治を行ったのはチャベスが初めてではないんだ。1970年代の大統領カルロス・アンドレス・ペレスも同じことをやっていた。
この点については、人類学者フェルナンド・コロニルの著書“The Magical State”が詳しい。執筆にあたっては、ガルシア=マルケスの本ではなく、このコロニルの本を参考にした。一番影響を受けた本だ。
チャベスはペレスと同じことをやっただけとはいえ、違いはその規模にあった。石油価格が上がりより多くの資金を持っていた分、チャベスはペレスよりずっと大規模なマジックショーを展開できた、というわけだ。

ベネズエラの状況はさらに悪化する可能性がある

最後に、本書の執筆当時に比べてベネズエラの状況は大きな変化がありましたが、その点について聞かせて下さい。本書の結論部分ではベネズエラを辺土(リンボ)と表現してありますが、今はどうでしょうか。

R:あえて、カトリックの用語で言うなら、現在、ベネズエラは辺土ではなく煉獄の状態にあると思う。地獄に近づいてはいるけれど、地獄ではない。例えばイラクやコンゴや、他にも沢山、地獄としか言い表せないような酷い場所が世界にはあるからね。
もちろん、ベネズエラの社会や経済の状況は悪化しているし、熱帯病も蔓延しているけれど、飢餓があるわけではないし。
それに期待されるベネズエラ像とのギャップの大きさもあるだろう。1970年代のベネズエラの状況から考えれば、現状はかなりショッキングだと思う。当時を知る年配の人たちは嘆くけれど、若い世代の人たちは今のような状態を当たり前のこととして暮らしているのも確かだよ。

ベネズエラの現状はかなり厳しいですが、この先良くなる見込みはあると思いますか?それとも地獄へ向けて突っ走っていくのでしょうか。

R:ベネズエラが簡単に良くなる見込みはない。でも地獄に喩えられるほど、劇的に崩壊することもないと思う。
ただし、石油価格も下がっているし、もっと悪化する可能性はあるね。ベネズエラは今がどん底だと言う人がいるけれど、それは違う。今よりさらに悪くなる可能性は十分あると思う。ベネズエラは石油国家だから。

難しいですね。今日は貴重なお話を聞かせていただき、どうもありがとうございました。

R:どういたしまして!

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