世界最高層のスラムビル、デイビッドタワーにさようなら    

Wistful about the Tower of David
2014年12月15日 Juan Cristobal Nagel

ディビッドタワー

デイヴィッドタワー¹の明け渡しをめぐるボリス・ムニョスのこの記事がとても良かった。

ボリスは念入りに、時間をかけてタワーへと足を運び、タワーの住民たちと知り合いになった。彼は住民たちの背景や、怖れ、切望に深く切り込んでいった。ボリスは、このタワーで行われた結婚式に出席さえしたのだ!(これまた疑問であるが…デイビッドタワーで行われる結婚式に何を着ていけばいいのだろう。)

記事には革命とポピュリスム、犯罪と商取引、切望と絶望の小宇宙が表出されている。たいしたものだ。
このような物語が現れるまで忍耐強く待ったVocativ²は賞賛に値する。

一般の読者の中のライターの卵たちなら、同時にボリスが臭いや、景色や、人々の生活など、その場に漂う感じをどれほど巧みに表現しているかにも気付くだろう。ちょっとした細部、例えば「キャンディの包み紙が突風に吹かれてビルの吹き抜けを飛んでいった」という描写や、31歳の住人のルイセルミ・レイノーソが5人の子供を抱えているという事実は、読後もずっと心に残っている。この記事の構成自体が建物の存在感に負けないものになっているのだ。

ボリスは、このタワーの光と影を伝えながら、これほどのネタが満載のセッティングに対して自らが抱く相反する感情を吐露しているように思う。結局のところ、タワーは悪の巣窟かもしれない。だがしかし、ジャーナリストにとっては、これがなんという宝庫であることか。タワーが消滅すれば、カラカスの面白さも突如として少し失われてしまう。それは、革命がなくなれば、ベネズエラが(願わくは)必然的に少し普通の国になってしまうのと同じだ。

しかし、ジャーナリストがこの「普通」を忌み嫌っていることを、我々は皆知っている。

このタワーにまつわる物語のファンたちは、「エルニーニョ」という渾名をもつタワーの「統率者」で、ジョン・リー・アンダーソンが2013年のニューヨーカー紙に書いた広汎な記事の中で主に取り上げられていたダーサが、もうこのタワーに暮らしていないということを知って驚くことだろう。ボリスに語ったある住人の話では、ダーサは説明のつかない理由で刑務所内にいるということだ。彼は政治犯だろうか?いかなる罪で告発されているのだろうか?
誰も知らない。
それは、変転するベネズエラの中で起こっている不可解な出来事の一つである。

最後に、傑出した部分というわけではないが、ボリスの記事の中で私が際立っていると思う箇所を引用しよう。

「タワーの住人全員が貧しいというわけではなく、貧富の差は明白だ。タワーを訪れた時、私は偶然マイラ・カスティージョに出会った。彼女は26歳の政府役人で、教育学の学士号をもっており、彼女の夫はベネズエラ政府テレビで働いている。この夫婦は車一台を所有し、彼らのアパートには上品な寝室が二つあり、その床には陶性のタイルが敷き詰められている。

彼らは、2011年にタワーへやってきた。首都カラカスで、彼らがもっと満足できる場所はあまりにも高額だったからだ。この建物に引っ越してきて以来、アパートを中産階級の家に変貌させるべく、彼らは何千ドルというお金をつぎ込んだ。
通常のビジネスタイムで共働きしている彼らにとって、都市カラカスの悪名高い劣悪な交通状況ので、郊外に移動するというのはかなりの時間が無駄になることを意味するだろう。しかしながら、彼らは市外に引っ越す契約をした。
「カラカスにアパートを買うのは、10万ドル以上もかかるのよ。」とカスティージョは言った。
「私たちには到底手が届かないもの。」

ほかの住人はそれほど恵まれていない。43歳のカロリナ・モレノは、2012年にタワーへ越してきた。以前は、カラカス西部の低所得者区域で、寝室が四つある家に夫と暮らしていた。この夫婦は小さな警備会社をもち、会社はモレノが経営していた。現在彼女は夫と離婚し、職を失い、孫娘の世話をしている。「旦那が私のもとを去って、二人のビジネスから私を蹴り出すまで、私たちはかなりの額を稼いでいたのよ。」と彼女は言った。
「終いに、私はここに落ち着いたってわけ。教会の司祭のおかげでね。」

モレノがタワーに来て間もない頃は大変だった。彼女のアパートへ向かいながらおしゃべりをしている間、私は彼女が涙をこらえていることに気付いた。「最初はおぞましかったわよ。」彼女はそう言った。「おいで。私が暮らしている場所をみてごらん。家なんて言えたもんじゃないわ。」

モレノは、タワーの地上階の窪んだコンクリートの支柱二本の間にごく小さな部屋をこしらえて住んでいた。彼女の部屋のたった一つの光は、天井の下水管に吊るされた60Wの電球一つだけだった。一本の支柱の内側には、便器の隣に二口コンロがあった。もうひとつの支柱の近くにはベッドの頭板と、マットレス、そしてパソコンが置いてあった。結婚生活で残った彼女の所有物の全てがそれだった。「私は自分の生き方について考えないようにしているの。」と彼女は言った。「便器の横に料理コンロがあるのをみるとき、私は生き続ける力を与えてくださるよう、神に祈るの。」


<訳注>
1)デイビッド・タワーとは
主要投資家David Brillembourgの名からTorre de David 「ダビデの塔」の異名を与えられたこの塔(正式名称はCentro Financiero Confinanzas)は、ベネズエラの首都カラカスにある超高層建造物。1990年に着工されるも、1994年のベネズエラ銀行危機により着工は停止。その後政府に接収され、エレベーター、電気、水道、バルコニーの手すり、窓、壁など至る所が整備されないまま現在も未完成の姿をみせる。慢性的な住宅難を背景に、人々がこのタワーに目をつけたのは極まる住宅不足のまっただ中の、2007年のことだった。以来、タワーを不法占拠した住人らは、自らの手で間に合わせの住環境を作りだし暮らしてきた。中にはタワー内でビジネスを行う者たちもいた。5000人ともいわれる住人がこのタワーに身を寄せていたが、2014年6月政府は「サモラ作戦2014」を出し、住人らにカラカス南部クアの新住居などへの立ち退きを迫った。

2)Vocativ
イスラエル人実業家のMati KochaviとそのニューヨークのビジネスパートナーMarty Edlemanの二人によって2013年に創設された、ニュースウェブサイトおよびデジタルメディアを扱う会社(本社はニューヨーク)。自ら喧伝しているように、最新のテクノロジーを用いて、世界の流行ネタにいち早く照射し、隠れたサブカルチャーを読者に届けることを売りにしている。

 

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