マドゥロ大統領は金の無心に奔走したけれど

投稿するタイミングを逃してしまい話題としては少し古いのですが、先日の[ベネズエラ近況(経済状況について)]に関連して、今年1月のマドゥロの外遊について記事の翻訳(の一部)です。

ポイントは、石油価格下落を受けてマドゥロは中国、イラン、ロシアなどの同盟国に加えてサウジアラビア、カタールなどにも行っており、援助を請うたものの、全く得るものがなかったという点です。中国に関しては、フォンド・チーノの更新やPDVSAに対する融資を得ましたが、これはベネズエラが求めていた条件とは異なるものでした。


He traveled hard for the money
2014年1月17日 Anabella Abadi y Bárbara Lira

1月2日金曜日、ブレント原油の価格は1バレル57ドルあたりで取引が終了した。

@samuerudesu より

2日後、動揺したニコラス・マドゥロ大統領は、「石油価格の回復のための戦略(を作り出すこと)に向かってハイレベルな努力を続けていくために」、自ら中国・中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)フォーラムのために中国に出向き、さらにOPEC加盟国とOPEC非加盟国のいくつかを訪問することを発表した。マドゥロが本気で親しい国から新たに現金を貰ってこようとしていることを、みんな知っていた。

まず最初の訪問国:ロシア。

1月5日、マドゥロは、彼の取り巻きを連れ、例のスカーフをつけて、モスクワに降り立った。しかし、対するロシアの大統領ウラジーミル・プーチンはマドゥロを出迎えることはなかった。そのかわりに、マドゥロは外務次官のセルゲイ・アレクセーヴィチ・リャブコフと会談した。

マーケットは反応なし。ブレント原油価格は1バレル54ドルほどで取引を終え、ロシアはマドゥロに小切手一枚たりとも渡さなかった。

続いての訪問国:中国。

1月6日火曜日、マドゥロは習近平国家主席と会談するため北京に到着した。マドゥロは中国銀行(Bank of China)の頭取と国有の石油会社のCNPC(中国石油集団)の社長、さらに中央銀行である中国人民銀行や中国石油化工集団(SINOPEC)の代表らとも会談することになっていた

その翌日、マドゥロは「200億ドル以上の投資をゲットした」と表明した。それには、70億ドルの中国資金(フォンド・チーノ)の更新、さらにPDVSAに対する50億ドルの投資と、ベネズエラの外貨勘定に対する50億ドルの資金援助が含まれている。 ベネズエラの副大統領のホルヘ・アレアサはこれらの合意は「負債ではなく」社会投資だと主張した

正気の発言ではない。もし支払いとして石油を送らねばならないのなら、それはどう考えても負債だろう。とはいえ、毎度のことながら、私たちがこのように反論したところでどうなるわけでもない。

マドゥロは、緊急事態の融資として160億ドルを中国人のお友達から借りたいと思っていることを伝え損ねた。エル・ヌエボ・ヘラルド紙によれば、「融資と交換に、マドゥロは将来における石油の供給や、ガイアナ開発公社(CVG, Corporación Venezolana de Guayana 金やアルミ、鉄鉱石などを生産するコンビナート)が生産する鉱物資源などの一連の見返りを提示していた。しかし「中国政府は、ガイアナ公社の運営は政府の汚職の程度が甚だしいために、ガイアナ開発公社を中国の管理下に置かない限り、ガイアナ開発公社の製品を担保として認めないと言っている」。そして、マドゥロはこの点に同意しなかったのだ。

マドゥロは、中国・中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)フォーラムに参加した後、中国を去った。中国もベネズエラに小切手一枚くれなかった。そして、1月9日金曜日、ブレント原油価格は1バレル51ドルあたりで取引を終えた。

三番目の訪問国:イラン。

1月10日土曜日、マドゥロはテヘランのメヘラーバード国際空港で、イランの工業鉱山貿易省のモハマド・レザ・ネマツザデ大臣に迎えられた。その後で、イランのハッサン・ローハニ大統領と会談した。 会談後、ロウハニ大統領は「この会談で得た合意によって、我々はベネズエラとの貿易や投資、技術サービスの輸出や、医薬産業における取引が増加することを望んでいる。またそれだけでなく、造船や観光産業の発展のための共同運行便の立ち上げなどの相互の結びつきを継続していくことを望んでいる」と発言した。すなわち、ベネズエラ向けの新規の投資はなし、ということだ。

マドゥロはまたイランの最高指導者アヤトラ・アリ・ハメネイ師とも会談し、ハメネイ師は「我々の共通の敵は石油を政治的な武器として利用しており、この石油価格の急落に一役買っていることは疑いない」と発言した。ロウハニ大統領はまた、OPEC加盟国に対して「OPECに反対する権力による陰謀を壊滅させ、2015年の石油価格が許容できるものに安定させる手助けをする」よう強く求めた。少なくとも、マドゥロはこの激励を祖国へのお土産としてもらったわけだ。

四番目の訪問国:サウジアラビア。

これはちょっとおかしな訪問に見えた。というのも、サウジアラビアのアリ・アル・ヌアイミ石油相は「OPECの方針として、私はOPECにこのことを納得させ、アルバドリ氏(OPECの事務局長)も今では納得しているが、どのような価格になっても、減産はOPEC加盟国の利益にならない」とすでに発言していたからだ。さらに彼は、「例えそれ(石油価格)が20ドル、40ドル、50ドル、60ドルまで下がったとしても関係ない」と述べている。

にもかかわらず、マドゥロは1月10日の土曜日にリヤドに到着し、その翌日にサウジアラビアのサルマン・ビン・アブドルアジズ皇太子と会談した。

ベネズエラのマルコ・トレス財政大臣はツイッターで「重要な結果をもたらした素晴らしい会談だった。我々(サウジとベネズエラ政府)は、市場と石油価格の回復のために努力することで合意した」と発言し、ベネズエラの政府公式発表によれば「市場と石油価格の回復のために二つのエネルギー大国の間で共同の国策を通じて努力することで両国は合意した」とある。しかしながら、ロイターは「サウジの公式な通信社からは会談の詳しい内容については一切発表されておらず、世界最大の石油輸出国が石油価格減を食い止める様子は全くない」としている。

いうまでもなく、サウジアラビアでも小切手は得られず。

(中略)

石油価格が下がっても人々は死なないことはわかっているし、ベネズエラの不況は石油価格の下落だけが原因ではなく政策担当者が終わってるのが原因だということもわかっている。

そうはいっても、現在の石油価格ではベネズエラはかなり厳しい状況に追い込まれるだろう。人生と世界について延々と熟考しているマドゥロには、「21世紀の社会主義」の経済モデルには修正が必須だということに早く気づいてほしいものだ。

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