排撃される科学

Science under fire
Audrey M. Dacosta / December 4, 2014

ベネズエラ科学研究機構(略称IVIC)[1]での思い出は素晴らしかった。私は細胞神経薬理学研究室の短期インターンシップの一環でほんの数ヶ月を過ごしただけなのだが、サソリの搾乳(scorpion milking : サソリに電気刺激を与えることによってその猛毒を採取する)を含めて全てが楽しく、どんなときもわくわくして過ごすことができた。設備が整ったあんまりにも良い環境だったから、うっとりしてしまったほどだった。

本当に天国のようだった。なんでも揃っていたのだ。
口でピペットを吸引し硫酸とベンゼンを量ることに慣れていた一学生にとって、こうした研究室は最高級だった(※口で吸引する方法は、誤飲を招く恐れがあり極めて危険。しかしながら、安全ピペットフィラー[2]はUDO:オリエンテ大学[3]の研究室には無かった)。
それに、マルセル・ロッシュ図書館[4]。この、とても魅力的なユネスコ主導のラテンアメリカ・カリブ海科学技術文献センターに不満を抱くはずがなかった。

だから、政府による科学研究機構の「抹殺」を耳にした時、私は衝撃を受けた。でも、どうやら私がこの情報を耳にしたのはIVICの職員たちと同時だったようだ。というのもこの新しい法律はIVICの人々へ相談されることなく通ったのだから。法案の通過過程に献身的に関わったIVICの職員らは連れ戻されてしまった。

この研究所が経験したできごとに、多くの人々が打ち拉がれている。共感している二人の人物うち、ミゲル・オクタヴィオは自身のブログでIVICでの素晴らしい人生 (そして、彼の計画がどれほど変わってしまったか)を詳しく物語っている。そしてホセ・G・アルバレス・コルネットもまた、個人的ながら幾分か所全体に関する優れた記事を書いていた(※もうその記事は削除されてしまっている)。


私にとってIVICはベネズエラの科学機構の中で、最も有名な研究所の一つである。たとえ馬鹿げた政策と予算削減に直面しようとも、この研究所は我が国で、科学と科学者とをつくり続けることがまだできるだろう。
55年間の歴史と知識、そして懸命な研究。世界で最も引用されている100の科学誌の中で、86番目はIVICが生み出したものだった(科学万歳!)。今回の動き、つまりこれほど重要なベネズエラの研究機関が劣化を被るということには、全くもっていかなる弁明も在り得ない。(※被論文引用数は研究所のプレゼンスを物語る指標の一つである。)

しかし、副大統領アレアサ(チャベスの義理の息子)曰くIVICは単にエリート主義の機関に過ぎず、改革されねばならないということだ。

「我々ベネズエラ人は、エリート主義の科学、それも資本主義に捧げられ、人々にとって役に立ちはしない類いの科学を抹殺していくのである。」というわけだ。

エリート主義の科学?

資本主義に捧げられている?

人々にとって役に立たない?

汝はルサンチマン、またの名をチャビスモ(チャベス主義)という…

政府は大学と科学機関を、じわじわと絶えず蝕ばみ、さもなくば暴力的に干渉してきた。こうしたことは決して珍しい「出来事」ではない。これは、攻撃的で敵意に満ちた奪取なのだ。

2014年6月、ドスモスキネスの海洋生物学局は「ロスロケス[5]科学基金」から急に運び去られ、「ミランダ・フランシスコ海洋調査基金」の手に渡った。三ヶ月の期限内に機器を持ち運べ、さもなくば失うぞ、と脅されて。

この引っ越しは暴挙だった。海洋生物学局は多くの環境学者の懸命な研究から生まれたものだ。この場所で重要な研究が生み出され、ベネズエラ最初の海洋国立公園(在ロスロケス)ができたのだ。フォトゥート(楽器として用いられる貝)やロブスターを守るための漁獲法が促進され、ウミガメやサメの保護を巡る懸命な努力が続けられてきた。教育プログラムを通じて、ロスロケスの人々に環境を守る方法を教えたり、人類学や考古学といった異なる分野に枝分かれしていくこともあった。

ジャック・クストゥは調査船カリプソにのって海洋生物学調査をすべく、1970年代後半、当局へとやってきた。そのことは、この研究局がどれほど重要であるかを物語るにもかかわらず、政府は驚きさえしなかった。科学と環境の分野で47年間先駆者として走ってきたこの研究局が、失われた。この局が、2014年10月1日に分解されたのだ。フアン・ポサダ博士は、自らを作り上げたといっても過言ではないこの研究局に対し、心からの別れの言葉を表わしている。

2014年8月には、環境省が略奪の憂き目にあい、今や住宅供給・社会主義的環境保全省内の痛ましいオフィスになっている。

なぜ?
理由は単に邪魔だからだ。

どういうことか?
つまり、国立公園の敷地内で住宅供給や住宅建設を行う許可を出すには、環境省は邪魔だったのだ。

たとえば2011年のコロ砂漠国立公園の事例(ラスコミュナス省による筋の通らない小さなプロジェクト)の他に、ラ・レスチンガにおける新住居供給プロジェクト(20棟の新居)などがある。他にもモッロコイ国立公園の観光開発をめぐる厄介な建設事業が挙げられる。モッロコイ国立公園では、すでにマングローブの伐採(これは違法行為なのだが)と表土締めが開始されている。かつての環境省がこうしたプロジェクトに許可を与えるわけがない。しかし今では、新しい担い手が、それも自分たちのボスに対してNOとは言えない者たちが、こうした事業を進めているのだ。

(実はロスロケスで働いた友人の一人が、この公園で行われている違法建設行為の総額を早くも指摘していた。私は小さな強奪ではなく、金持ちやエリートたちのマンションについて語ろう。
政府は2012年にリオデジャネイロで批准した、「環境に関する非回帰原則」Environmental Non Regression Principal[6]反しているようなのだ。政府はこの原則違反を気にかけているだろうか。答えは否だ。)

IVICの死刑執行に続き、2014年11月にはその奇妙な代役が形成され、IVECITとよばれる科学技術・イノベーション法の改変が行われた。そう、今回もまた同じ手口だった。これは全くもって当事者との協議なしに行われたのだ。この法律は科学研究に割り当てられたリソースに関して、政府がより一層の権限を持つようにするものであった。

私は、ベネズエラの自然環境保護の将来に希望を見出すことは到底できない。対話と科学は手を携えて進展するものであって、我々の科学・環境機構を取り壊すことは我々の環境を破壊することしか意味しないのだから。

ところで、読者のあなた。カナイマ[7]には行ったことはあるだろうか。
たぶん、もうカナイマ行きを先送りにしてはいけない、とだけ言っておこう。

————————-

訳註

[1] ベネズエラ科学研究機構(Instituto Venezolano de Investigaciones Cientificas, 略称IVIC)
1959年2月9日に創設されたベネズエラの研究機構で、理系院生の研究・教育センターとしても機能してきた。その前身は1955年にウンベルト・フェルナンデス・モランによって創設されたベネズエラ国立脳・神経学機構(IVNIC)である。
Webページは[http://www.ivic.gob.ve]だが、政府に接収されて以来、政府系サイト(gob.ve)として管理されている。

[2] 安全ピペッター(京都大学 化学実験器具操作動画集より 「ホールピペット」)
http://www.chem.zenkyo.h.kyoto-u.ac.jp/operation/Operation_Guide_FLV/operation/frame/frame_04_flv.html

[3] オリエンテ大学(Univercidad de Oriente,略称UDO)
1958年に創設された、ベネズエラ東部の大学。
大学ホームページの創設史:http://www.udo.edu.ve/index.php/component/content/article?id=8

[4] マルセル・ロッシュ図書館(Biblioteca Marcel Roche, 略称BMR)
ベネズエラ人内科医で科学者かつ自然科学分野の指導者の一人であったマルセル・ロッシュ・デュガン[Marcel Roche Dugand (1920-2003)]によって1959年に創設された専門図書館。16世紀後半以降から現代に至る科学・技術、人文科学、社会科学分野の資料を豊富に所蔵し、1996年にはユネスコによって、ラテンアメリカ・カリブ海における地域図書館に指定された。ラテンアメリカ・カリブ海情報科学史の論文記事に、その情報処理の歴史をみることができる。

[5] ロス・ロケス諸島
カラカスの外港ラ・グアイラの北に位置するカリブの海に浮かぶ、350以上の島からなる群島。Crystalline water (水晶の水)と呼ばれる、透き通るような海水に周りを囲まれたこの島々は、美しい珊瑚礁と共に多くの観光客を魅了してやまない。
1972年には、海鳥と海洋生物の量と多様性を理由に、島全体が国立公園に指定されている。

[6] 環境に関する非回帰原則 (Environmental Non Regression Principal)
2012年リオデジャネイロで開催された「持続可能な開発会議」(通称「リオ+20」)で唱えられた原則の一つ。
リオ+20は1992年の地球サミットから20周年を経て、ブラジル政府がフォローアップ会合を行うことを提唱し、開催に至った。先進国と途上国という対立関係が交渉スタイルを支配し、成果文書作成は難航した(報告書「リオ+20概説」))。
※Non-Regressionの意味についてはMichel PieurがSAPIENSに寄稿した論文“Non-regression in environmental law”(2012)に詳しい。

[7] カナイマ国立公園
カナイマはベネズエラの南東部、ブラジルとガイアナと国境を接するところに位置する国立公園で、グレート・サバンナと呼ばれる草原地域を占める。1962年6月に設立され、現在では国内第二位の面積を誇るこの公園は、その面積の65%を岩でできた高原(テピュイ)に占められており、その絶壁や世界最高の滝「エンジェル・フォール」を含む多くの滝が特徴的な景観を作りあげている。1994年にはユネスコによって世界遺産に登録された。しかし、現在では違法採掘によってその環境は変貌しつつある。

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