ベネズエラにカラカスクロニクルがなかったら?

カラカスクロニクルの再出発を祝して、最初のゲストライターはモイセス・ナイムです。今年1月Facebookのザッカーバーグが始めた読書会で最初に取り上げられて話題になった『権力の終焉』の著者で、ベネズエラの元貿易産業大臣、フォーリン・ポリシーの元編集長、カラカスクロニクルの長年の読者の一人でもあるナイムの記事を紹介します。


¿Qué pasaría en Venezuela si no existiera Caracas Chronicles?
2015年10月19日 モイセス・ナイム

titulares-1171998年ウゴ・チャベスが初めてベネズエラで大統領に選ばれたとき、「ブログ」という言葉はまだ存在しなかった。それに、当時のベネズエラ人には自分たちの現実について説明してくれるブロガーなど必要なかった。ベネズエラについて知られていることは、どれもそれ自体で説明が済んでしまうようなものだったからだ。例えば優れた野球選手や歴代のミス・ユニバースの優勝者。そして石油。大量の石油だ。

先チャベス時代にはカラカスクロニクルに対する需要もなかったと言える。比較的安定したカリブ海の国など、世界は全く関心がなかった。海外のジャーナリストや作家、研究者、映画作家たちは世界中に訴えられるような物語を探していたので、血まみれの内戦に引き裂かれた国や、弾圧を行う軍事政権や麻薬組織、ハイパーインフレ、広がる飢餓に苦しむ国を取材した方が良かったのだ。

ベネズエラにはそんなものはなかった。

そこに祖国とラテンアメリカを変えようと決意したカリスマ的な指導者、チャベスが現れた。そうなると当然、世界中のベネズエラに対する関心は急激に高まった。チャベスは幅広い国民の支持と国の膨大な石油収入を完全に手中に収めたことで、やりたいことなら何でもできる政治権力と経済的支配力を手にいれた。そして、実際にチャベスは好き放題やった。いつの間にかチャベスはシモン・ボリバル以来の最も知られたベネズエラ人となっていた。そして突如、ベネズエラは面白い国になった。

重要な例外はいくつもあるとはいえ、それまでずっとベネズエラを避けていた驚くべき数のジャーナリストやドキュメンタリー映画作家や作家がにわか専門家となった。そして彼らは付け焼き刃の知識で、多くの場合は表面的で完全に間違っていることもある「ベネズエラの現状」を世界中で広めてまわった。その瞬間、カラカスで現在進行中の理解しがたい出来事について、逐一説明してくれるロードマップがどうしても必要になったのだ。そして、そのロードマップとなったのがカラカスクロニクルだった。カラカスクロニクルは世界中の観客にとって、ベネズエラを解読するためのロゼッタストーンとなった。それは当初から難しい仕事だったが、時間が経つにつれますます困難になっていった。

チャベス政府は、少しずつ、どの情報がベネズエラ国民に届くようにするかを決定する役割を担うようになっていった。そして可能であれば、その決定をベネズエラ国外の世界に対しても適用しようとしていった。チャベス政府は効率がよく豊富な資金に恵まれた巨大なプロパガンダ機関を作り、同時に独立メディアやジャーナリストに対する弾圧を行なった。政府が何を企んでいるのか、ベネズエラ国内で何が起きているのか、政府による国内での政策や海外での火遊びがどのような結果をもたらすことになるのか、これらを知ることは次第に難しくなっていった。

チャベスが病に倒れた時点ですでに、ベネズエラで現に何が起きているのかを正確に読み解くことはかなり困難になっていた。いずれかのイデオロギーに偏向し、多くの場合歪曲された報道のつじつまを合わせ、政府のプロパガンダに切り込んでいき、政府と反対派両者によってソーシャルメディアで拡散される未確認情報の中から隠れた真実の核心を見つけ出す。そんなことは、ほとんど不可能だった。ニュースの故意の操作、検閲、無知、弾圧、自主規制、そして浅はかさは、ベネズエラメディアの中に魔法使いの鍋を作り出し、そこではたいていの真実は底に沈んでしまった。

かつては騒がしくしていたメディアの名残もマドゥロ時代になって消えてしまい、ベネズエラの現実を知るための信頼できる道しるべを求める声は高まるばかりだ。だからこそ、キコ*がカラカスクロニクルを再開すると私に話してくれたとき、本当に嬉しかった。前からこうなることは避けられないと思っていたことが、ついに実現したからだ。
(訳注* カラカスクロニクルの創設者フランシスコ・トーロのニックネーム。)

2002年、まだFacebookもYouTubeもTwitterもなかった平和な時代、まだ読者が何のことかわかるように「ブログ」と書いた後には括弧付きで(ウェブログ)と説明しなければならなかったような時代に、彼が週末の趣味として始めたことがメディア企業に変容しようとしている。

この新しいカラカスクロニクルが、批判の声が姿を消してしまったベネズエラの公共圏に乗り込んでデジタルメディアのスタートアップの仲間入りをしたことは、マドゥロ時代における唯一の希望の兆しかもしれない。

ベネズエラの状況は、いまだかつてないほどに外国人には訳が分からなくなっている。私たちは、この不可解な国を知るために、賢明で信頼できて楽しんで読める「窓口」を必要としている。そしてそれは英語で書かれる必要がある。英語だからこそ、世界中の人々が国内外に関わらずベネズエラ人と一緒に、この得体が知れず、開いた口がふさがらないことも多く、時に腹が立って仕方のない、それでも心惹かれてやまない発見の旅に参加できるのだから。

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