ベネズエラのポップカルチャー

今回紹介するのは、ベネズエラの世相を映すポップカルチャーです。
80年代のベネズエラ人のポップカルチャーの中心は「シフリーナ」と呼ばれる、セレブなキラキラ女子でした。
それがチャベス時代を経て、現在、庶民の人気を誇るのはジュブラスカ。貧困街に住み、いつもバチャケラ(闇市の転売屋)と罵倒されつつも、元気で明るい女性キャラです。これがテレビではなくWhatsAppというSNSツールを通じてヒットするのが2016年のベネズエラです。


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ラウラ・ペレスからユブラスカ・チャコンまで
From Laura Pérez to Yubraska Chacón
2016年1月20日 Tony Frangie Mawad

歴史学者のトマス・ストラカによれば、かつて大学はベネズエラの近代性の勝利の象徴だった。そして現在のベネズエラの大学の嘆かわしい状況は、まさにその逆、ベネズエラの「非近代化(デモダニゼーション)」の象徴なのだそうだ。ストラカに言わせると、ベネズエラはポストモダン化した国なのではない。「元モダン」な国なのだ。

僕たちは近代から離れてしまったけれど、それは近代を乗り越えたからではなかった。そうではなくて、後ろに一歩下がったったわけだ。

近代性が意味するのは、政治的・社会的寛容さ、産業化、資本主義、都市化、中流階級の台頭、機会均等の拡大、社会的流動性、そして大衆教育だ。革命を進めたベネズエラでは、これら全てが、部分的あるいは完全に後退している。
このことは僕らの想像上のキャラを見ればわかる。

1982年を振り返ってみよう。社会風刺系バンドMedio Evoは今では伝説となった名曲、ラウラ・ペレスの快挙を歌ったLaura Perez, la sin par de Caurimareをリリースした。ラウラ・ペレスとは、ベネズエラ石油王国の大量消費を満喫する中流階級および上流階級の若者たち(ベネズエラでは”シフリーノ”と呼ばれる)を元にした想像上のキャラクターだ。

ラウラは無邪気なお金持ちのお嬢さんで(”yo me rio de Janeiro con dinero en la cartera” *という歌詞がある)、カラカス東部にある富裕層が多い地域、カウリマレに住んでいる。ラウラは世界中を旅し、カラカスで最高のナイトクラブでパーティーをし、小指を立てソーダを飲み、サーフィンをしに海に行き、カマロに乗って友達と一緒に日光浴する。(しかもこれが全てシフリーノの特有のアクセントで歌われるところが、またすばらしい。

訳注:歌詞は「私、笑っちゃうリオ・デ・ジャネーロ。お財布の中にはお金があるの」みたいな感じ。rio(私が笑う)とリオがかかっている。

この歌は大ヒットし、すぐにベネズエラの若者はラウラの真似をするようになった。カウリマレのシフリーナ*はティオ・リコ・アイスクリーム社の顔にもなった。これはサバド・センサシオナル**に出ていたシフリーナ・コンテストからインスピレーションを受けたもので、ホセロ・ショー***のお約束のショート・コントのネタにもなった。このいずれもが、シフリーノの特徴と上層階級の口調でベネズエラの中産階級を惹きつけようとしていた。

訳注*:シフリーノの女性形
訳注**:土曜日に放送されていたバラエティ番組
訳注***:当時放送されていたお笑い番組

ラウラは彼女独自の不運なあり方においてではあったものの、ベネズエラの近代化の象徴だったのだ。

驚いたことに、ラウラ・ペレスは政治の道具になり、選挙のアイコンにもなった。1983年の大統領選挙では、キリスト教社会党(コペイ党:COPEI)が若い有権者を引きつけようとテレビCMを製作した。その中で、カルデラの最初の大統領在任中*生まれのシフリーナが、視聴者に対してどうしてカルデラが好きなのかを語り、最後には誰に投票するかを大げさに問うた。「Muérete que por Caldera(カルデラで決まり)」と彼女は答える。 まじりっけなし、完全にラウラ的な、シフリーノ語だ。

訳注*ラファエル・カルデラはコペイ党の政治家でベネズエラで1969年〜1974年、1994年〜1999年に大統領に就任した。二度目の大統領の任期では結果的にチャベスにとって代わられた。ベネズエラ民主化に尽力した一人。

民主行動党(AD)もまたラウラ・ペレスを選挙で活用した。その同じ年、「Muerete que SI(賛成で決まり)」というグラフィティー(これはルシンチの選挙スローガンであるLuSInchiに応じたもの)がカラカスの壁面に登場した。

両党ともにシフリーノの若者に(さらには、それより貧しい層の若者でシフリーノのライフスタイルに憧れる若者にも)アピールする試みだったのだが、現実には、ほとんどの若者は選挙になど興味を持っていなかった。怠惰なベネズエラの若者は選挙登録も行わなかったので、エル・ウニベルサルはラウラ・ペレスを政治に無関心な若者と結びつけ、「Muerete que* chao, Registro Electoral(バイバイ!選挙人名簿)」と題した記事を公開した。

訳注*:このMuereteというのは辞書的な意味では「死ね」といった意味だが、スラングとしては定まった意味があるわけではなく文脈によって意味が大きく変わる。

そして、これらのシフリーノ・フィーバーの後に、ブラックフライデーはやってきた。ラウラ・ペレスの階級の多くの人が、次第に端に追いやられ、それ以外の人々が歴史の中心となった。

2016年のベネズエラを見ると、1982年当時の国が完全に姿を変えてしまったのがわかる。ある意味では、僕たちはあの別の国の廃墟の中で暮らしている。今日、ラウラ・ペレスは壊滅状態のベネズエラの中産階級に響いてこないし、ましててやプエブロ(大衆)に響くはずがない。

実際、ラウラ・ペレスのライフスタイルは今では社会のエリート層(ABクラス、ベネズエラ人のわずか2.2%の層) だけにしか縁のないものだ。彼女の文化を引き継いだ者たちは、マイアミやマドリッド、パナマ、トロントなどに散らばってしまった。ただし、クレジットカードを使ってのんきに買い物をする観光客としてではなく、経済的に苦しい中でなんとか貧困から抜け出ようとするディアスポラとしてだ。

「カウリマレのシフリーナ」は年の取り方がまずかった。今日の観点から見ると、彼女は生き生きとしたアイデンティティというより、むしろ過ち、派手な愚行の化身だ。

では今日彼女のポジションにいるのは誰なのか?

ジュブラスカ・チャコン……もちろん、ジュブラスカだ。ソーシャルメディア上の女性キャラ(彼女の声を当てているのは少なくとも二人の匿名の男性)で、ジュブラスカはネット上で大流行した。昨年から、彼女の何十もの音声メモ(建前としては、彼女が電話をかけた相手が出なかったので残された音声メッセージということになっている)が、WhatsAppを通じてシェアされるようになった。今では、彼女はInstagramTwitterに数十万のフォロワーを持ち、エル・ウニベルサル紙タルクアル紙のインタビューも受けている。

ジュブラスカのキャラは、まさにベネズエラの厳しい労働者階級、「プエブロ(大衆)」の典型を表している。ジュブラスカはスラム街に住む幸せいっぱいの、はっきり物を言う女性で、かなり誇張されたバリオ*のアクセントを持っている。ジュブラスカの話は、現在起きていることや、平均的なベネズエラ人として彼女が抱える問題に対する彼女の意見を中心に繰り広げられる。行列に並ぶ際の喧嘩から、自分の子どもにクリスマスプレゼントが見つからない話**、レオポルド・ロペスからミス・ユニーバス、そして12月の選挙に至るまで様々だ。ジュブラスカはあらゆる類の非正規の仕事をしている。スーパーの行列に並ぶ人たちにケーキを売ったり、投票所で行列に並ぶ人たちにアレキーペを売ったり、 美容師として働いたり。そして言うまでもないが、彼女はしょっちゅうバチャケラ***だという誹りを受けている。

訳注*:バリオとは貧困街のこと。
訳注**:2015年のクリスマス時期、ベネズエラでは物不足から子どもに買ってあげられるおもちゃが店に売っていないと嘆く人々の声がネット上で広く見られた。
訳注***:バチャケラ(バチャケロ)とは、ベネズエラの俗語で闇市で物を転売する露天商のこと。政府により低価格に設定された物をあの手この手でまとめ買いし高値で転売している。政府にも「経済戦争」の敵とみなされており、一般市民からも非難を浴びている。

ジュブラスカの話には、他にもたくさんのキャラクターが登場する。例えば、彼女の4人の子ども達(ジョンデル、ジュリアルニ、カリニェイ、そしてまだ授乳中の赤ん坊)、ポラール*で働く夫、カティウスカ、ユスマリ、コマードレ、サイバーちゃん, 彼女が好意を寄せている国家警備隊員、リリアン・ティントリ**、などなど大勢いる。声の演技は明らかにウケを狙っているのだが、根底に、普通のベネズエラ人か抱える問題を突いているところがある(ちなみに、彼女は人々に頑張って働くよう呼びかけている)。

訳注*:ポラールはベネズエラの大手ビール会社。食品も多く手がける大企業で、特に政府から目の敵にされている。
訳注**:リリアン・ティントリは現在投獄されている政治犯レオポルド・ロペスの奥さん。

ジュブラスカは、仕事や、悲喜劇こもごもの家族状況、ベネズエラの低俗な文化への理解(例えば、ほとんどの登場人物の名前がYで始まるとか)を通して、さらにフラストレーション(例えばジャクリン・ファリア*がスーパーで列に並ぶのかなり楽しいと発言したときなど)を通して、彼女と同じ問題に直面しているリスナー、ベネズエラの大多数の人々に対して共感を示す。

訳注*:ジャクリン・ファリアはチャベス派の政治家で環境相、情報相などの要職を務めた。

またジュブラスカは、ラウラ・ペレスがそうであった以上に選挙のアイコンにもなっている。というのも、全てとは言わずとも、そのほとんどの音声メモには潜在的に政治的な要素が含まれているからだ。ジュブラスカは、食料不足や毎日の問題のせいで、どれほど政府を憎んでいるかについて語る。(ちなみに、彼女はかつてチャベス支持者だった。)そして、12月の選挙ではどれほど政府に反対票を投じるつもりでいるか、そして実際に投票したかを語った。(彼女はこれを政府を罰するための反対票だと言っていた。*)そしてジュブラスカは、政府に対する厳しい批判と野党の勝利を祝福する合間に、レオポルドが解放されたらどれほどケーキを焼いてあげたいか、どれほどリリアンの髪の毛をセットしてあげたいかを語るのだ。

訳注*:実際に、12月の選挙における与党の敗因は、元チャベス派支持者の怒りによる政府を罰するための反対票が大きいと言われている。ジュブラスカはチャベス時代であれば野党に票を投じなかったであろう層の象徴でもある。

ベネズエラの多くの人は、ジュブラスカは、計画されていない自発的な政治プロパガンダだとさえ考えている。彼女はこの12月に多くの人を奮起し、野党に投票させた。だから彼女は野党を勝利に導いたマーケターというわけだ。

今日のベネズエラとは、ジュブラスカの国だ。あるいはなおも大量消費的でありながら貧しい、バリオで暮らす非公式経済の労働者、そしてスーパーでいつも長蛇の列に並ばなければならない、それなのにお金がなくてほとんど何も買えないような人たちの国だ。ラウラ・ペレスは、もはや時代遅れで時代錯誤な過去のイメージでしかなく、このイメージはベネズエラの社会のごくごく微小な一部の人にしか当てはまらない。それに対して、ジュブラスカは、「ベネズエラらしさ」を代表する新しい顔になった。

このラウラからジュブラスカに至る物語こそが、僕たちの非近代化の物語なのだ。

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