刑務所に支配される楽園、マルガリータ島

ベネズエラの刑務所についてはこのブログでも何度か紹介しましたが、再度復習です。

ベネズエラの刑務所は、外壁は当局により一応管理されているものの、内部は完全な無法地帯です

刑務所内には武器(ナイフや拳銃といった小物のみならず、機関銃レベルが普通にある)や麻薬があふれており、その無法地帯を制するために、受刑者同士が抗争に明け暮れています。そして、この受刑者ギャングを率いる指導者(ギャングのボス)をベネズエラでは「プラン」と言います。

 

この映像は、マルガリータ島のサン・アントニオ刑務所でプランを弔う刑務所内の受刑者たちの様子です。(ちなみにこの武器はベネズエラ国軍から流れた物と言われています。)

サン・アントニオ刑務所は、ベネズエラの刑務所の中でも特にプランによる管理が行き届いていることで有名です。その指導者のあだ名は「うさぎ(El Conejo)」。

先月末、その「うさぎ」が何者かに殺害されました。


Screenshot_3

今日のディストピア
Dystopia Today
2016年1月27日 Francisco Toro

2年半前、パンフレトネグロ(PanfletoNegro)*がディストピアを主題にエッセイコンテストを実施した。私は「プラン国家」を書いてエントリーした。「プラン(刑務所を仕切るギャングの指導者)」が転移し、刑務所内の制度の塀を突き破って、最終的には刑務所の外のベネズエラ社会まで植民地化していく様子をあからさまに皮肉った駄文だった。

訳注*  個人が自由にフィクションの書き物を投稿できるスペイン語の同人サイト。

今週、マルガリータ島の伝説のプラン、「うさぎ」のテオフィロ・カソルラが殺害され、島中が震撼した。制度の馬鹿らしさを明らかにしようと思って書いた自分の文章が、奇妙に姿を変えて、再編集され、朝のニュースになって再び目の前に現れたようだった。

今年に入ってから、この手のことは嫌になるほど頻繁に起きている。

「うさぎ」は昔ながらのギャングのボスではなかった。ビジョナリーだった。プランの中のスティーブ・ジョブズだった。彼は「パクス・プラニカ(プランの平和)」を切り開いた。刑務所は、絶対的なリーダーシップの下で非常に厳しく管理されたので、安全な場所になった。矛盾しているが、刑務所を取り囲む外の地域社会よりも安全だったのだ。 「うさぎ」は、もし刑務所を外の世界より安全にできるなら、他の違法活動で得た利益を刑務所自体に再投資することも可能ではないかと考えた最初の男だった。そして、「うさぎ」は刑務所を、次第に周囲の地域社会から金を吸い上げる、ある種のレクリエーション施設に変えていった。

「うさぎ」の起業家精神あふれるビジョンは(2011年のニューヨークタイムのシモン・ロメロによる開いた口がふさがらない記事で描かれている)、刑務所に『Carcel o Infierno(刑務所か地獄か)』*で描かれた地獄絵図とは真逆の状況をもたらした。『Carcel o Infierno』の刑務所では、敵対するプラン同士で絶えず抗争が繰り返され、少しでも正気を保った人ならば、子連れでリラックスした週末を過ごそうなどと決して考えないような場所だ。「うさぎ」のビジョンは至るところに広まり、例えば、ディスコ・トキオやふれあい動物園があることで知られるトコロン刑務所などで採用された。

訳注* 元受刑者ルイジグ・オチョアが制作した自らの体験を元に刑務所を描いたバイオレンス・アニメーション。ルイジグ・オチョア自身は2014年に殺害された

だが、「うさぎ」のビジョンはマルガリータの小さなサン・アントニオ刑務所の壁を飛び越えて久しい。実際、今では島中のタクシーに彼のトレードマーク(の侵害)であるプレイボーイ・バニーのステッカーが貼られており、これが運転手がみかじめ料を支払ったという証になっている。マルガリータ島では、「うさぎ」が良しと言わなければ何も動かないようだ。だからこそ、彼の葬式のために島は麻痺してしまった。店も学校も閉められ、大勢の哀悼者が通りに繰り出した。

「うさぎ」はしっかりと大衆に支持者されていた。現在のマルガリータ島は、「うさぎ」が殺されて良かったなどと言おうものなら通りで射殺されてしまうような場所なのだ。

ジュブラスカなんかじゃない。テオフィロ・カソルラこそが21世紀のベネズエラの本当の象徴だ。国家の崩壊に直面したベネズエラ人がしているのは、19世紀末にシチリア人や、1945年の日本で原爆やその他の爆撃を生き延びた人々がしていたことだ。人々は、暴力を組織できる者たちの周りに集まっている。ある場所では「マフィア」と呼ばれ、別のある場所では「ヤクザ」と呼ばれるシステムの周りでまとまっていく。これらシステムは、名前は異なれど提供するものは同じだ。それは「正式な」国家がもはや提供することのないある種の秩序である。

「うさぎ」のビジネスとは秩序を提供することだった。「うさぎ」の築いた組織が彼の死後も生き残れるか、あるいはマルガリータ島はこの万人に対する万人の闘争状態に戻ってしまうのか。これは議論の余地がある。議論の余地があるという以上に、これこそが、今週島中の学校が休校し、多くの島民が家に閉じこもってひたすら待機していた理由だ。次に何が起こるのかを待っているのだ。

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