ドーラートゥデイのこと

先日、Twitterでも沢山RTされていて少し目を引くベネズエラ関連の記事がありました。

BusinessNewsLineというサイトの「ベネズエラ経済でもっとも影響力のある人物はホームセンターの店員」という記事です。この記事、内容がウォールストリート・ジャーナルの記事「Venezuela’s Nemesis Is a Hardware Salesman at a Home Depot in Alabama」のパクりの上に、元記事に全くメンションもない悪質なものです。(なので、リンクは貼りません。)

今日取り上げるのは、その問題を指摘している興味深いブログです。このブログでは、「ベネズエラ経済に影響力のあるホームセンターの店員はいるか、Businessnewslineふたたび」という記事の中で、BusinessNewsLineがいかに記事を捏造しているかを検証しています。

私も記事のパクリには腹が立っており(WSJの元記事を書いたANATOLY KURMANAEVは夫の知り合いで、とても良い仕事をしたと思っていたのでなおさら)、この検証自体にはグッジョブと感じています。

ただ、解釈が少し間違っています。ベネズエラについて知らなければ当然かもしれません。なので、この『ネットロアをめぐる冒険』さんの記事を元に、改めて解説したいと思います。

まず最初に

要約すると、

・DolarTodayというベネズエラの通貨レートの情報サイトの管理人を務めている Gustavo Díazという人物がいる。

・現在は、アラバマ州にいるHome Depoの店員で、ベネズエラの財務大臣や中央銀行総裁を超えて、ベネズエラ経済でもっとも影響力のある人物になっている。

・DolarTodayはハイパーインフレ状態のベネズエラの、闇での通貨交換レートの情報サイトであり、それが実質的な通貨交換レートとなっている。

・ベネズエラ政府は、彼の情報サイトを閉鎖すべく、自動車に時限爆弾をしかけるなどの暗殺を試みてきた。

・Díazは2005年に米国に亡命したが、生活はギリギリで、HomeDepoの店員として働いている。

ということですが、残念ながら、このソースはBusinessNewsLineなんですなあ。

とありますが、この記事のソースは完全にBusinessNewsLineとは言えません。

この記事の元ネタはWSJのジャーナリストANATOLY KURMANAEVのスクープ記事です。WSJの記事だけ読むと、ベネズエラ事情に詳しくない人にとっては、なぜこれがスクープ記事なのか分かりにくいと思いますが、これは本当にスクープなんです。

この記事の反響だけを見て、BusinessNewsLineの人は、元記事の何が一体ニュースだったのかをよく理解せぬまま記事をパクろうと思ったのではないかと私は考えています。

まず事実として、ベネズエラ経済を語る上でDolarTodayの為替レートは無視できません。理由は、このサイト以外に簡単に闇レートを参考にできるサイトがベネズエラにはないからです。

レートの決め方は、本人はベネズエラにいないのにどうやってるのかなと思ったのですが、隣国コロンビアだけがこの無価値のボリバル・フエルテの交換をしているようで、コロンビアのCucutaという国境沿いの町で、彼の協力者がレートの計算をしているようです*3。

これは微妙に違います。

ベネズエラのレートは公式には1ドル=10ボリバルですが、現在そんなレートで交換ができるのは、政府内のごく一部の特権をもった人たちだけです。他にも公式なレートが条件によって適用されます。いずれにせよ、政府が認めているレートは政府の決めた価格のみで、外貨の自由な取引は認めていません。実際には、日常生活の中では闇レートが無数に存在します。

このように数ある闇レートの中で、最も多くの人が指標としているのがDolarTodayのレートです。これは元々はククタの両替屋で取引されていた価格でした。かつてククタのレートは、数ある闇レートの中でも唯一広く使えるレートととして知られていました。この価格をDolarTodayはウェブで公開していました。

それが数年前、ベネズエラ政府はコロンビアとの国境を閉鎖しました。ちなみに国境閉鎖の理由の一つが、このククタでの取引価格を参考にしているDolarTodayに対する嫌がらせだったのではないかと言われています。

実際、国境が閉鎖され、ベネズエラとコロンビアの行き来がなくなり、ククタでの取引価格は使えなくなりました。これを機に、ディアスは協力者により複雑な協力をしてもらって計算して出したレートを公開するようになったようです。とはいえ、これもレートはディアスが「決めている」のではなく、ベネズエラで生活する複数の人に連絡して現地情報を集め、最近ではまたククタで取引されている値段をウェブに掲載しているだけだと思われます。

経済の専門家を含め、これだけ多くの人が参考にするサイトです。もしディアスが、政府の言う通り、政府に対する攻撃として、自分で勝手にレートを決めているとしたら、すぐに専門家にバレてこれほどの人気サイトにはなりえません。

ですが、元のWSJの記事が大きなニュースになったのは、それ故に、でもあるです。ディアスがもしある程度洗練された金融知識を持っていれば、このサイトのレートをうまく操作して大金を稼ぐことは容易です。そのため、長年、DolarTodayの管理人はどこかの反政府派の大金持ちだろうと信じられていました。ですが、実際はそうではなかった。

つまり、ホームデポの店員がドーラートゥデイの管理人だったからニュースなのではなく、ドーラートゥデイの管理人なのにホームデポで働かなければならない生活をしているから、大スクープだったわけです。

Foxnewsの記事によれば、彼はそもそもベネズエラ軍の大佐だったそうで、御年60歳。2002年に当時のチャベス大統領の政権転覆を謀ったんだとか*5。つまり、そもそもベネズエラ政権に敵対する人物だったというわけです。

で、今から約10年前に、彼の車に爆弾が仕掛けられ、暗殺を企てられたわけです。それをきっかけにして米国は彼の政治的亡命を認め、その後、米国市民になったということ*6

ちなみに、当初このBusinessNewsLineの記事を呼んだとき、私は爆弾の話はあまり気にしていませんでした。(上記の通り、それ以外の部分があまりに大ニュースだったので。)とはいえ、『ネットロアをめぐる冒険』さんの指摘通り、暗殺未遂はDolarToday絡みではないと私も思います。ここはBusinessNewsLineの人がホームデポの店員というだけではネタ的に足りないと感じて、無理やり過去のエピソードをこじつけたのでしょう。

ちなみに、Foxnewsの記事の、彼がベネズエラにいた軍人時代に2002年のクーデター未遂に参加して、そのせいで爆弾を仕掛けられたという話は、確証はありませんが、ありえると思います。当時は現在のように軍部もチャベス派オンリーではなく、軍人もまた状況を見計らっていた頃です。クーデター未遂後、ディアスのような反政府派の人は軍部から一掃され、ベネズエラ軍はチャベス派一色の軍隊に変容していきます。

ちなみに2004年には、そのクーデター絡みで爆弾を車に仕掛けられて実際に暗殺されたダニーロ・アンダーソン検事という人がいます。未だに未解決の事件ですが、アンダーソンはクーデターに参加した金持ちやベネズエラ政権内のチャベスに近い人物に関する情報を掴んでおり、それをネタにこれらの人物を恐喝しており、それを好ましく思わないチャベス派政府高官の指示で暗殺されたというのが最も有力な説です。

とにかく、ベネズエラ政府が国を挙げてDolarTodayを敵視しているのは確かです。先に書いたように、そのせいで国境を閉鎖したりするくらいですから。その攻撃の度合いは、はっきりいって馬鹿げているレベルです。ただ、ここまで敵視されるディアス本人が身の危険を感じて多少パラノイアになっても当然だと思います。

最後にこれ、

もちろん、Diazのサイト自体は攻撃を受けているようで、なんとかやりくりやっているみたいです。Diazはこれを「Economic War」と呼んでいて、要は、国外にいながらベネズエラ政府を揺さぶりにかける手段として、彼なりの戦いをしているわけです。

というのは、元記事の誤読というか、完全に間違っています。Economic War(経済戦争)というのは、ベネズエラ政府が現在のベネズエラの経済危機を表現(実際には責任転化)するために使っているプロパガンダ用語です。

ベネズエラに経済戦争が仕掛けられているという証拠は一切ないですし、経済戦争など存在しません。ベネズエラ政府はディアスの行いを(ただ巷の交換レートをネットに上げているだけですが)「経済戦争」における攻撃の一種だとみなし、彼を国家の敵と考え、彼のサイトにもサイバー攻撃を仕掛けているわけです。なので、ディアスを始め、ベネズエラの反政府派が自らの行為を「経済戦争」と表現することはありえません。なぜなら、経済戦争など存在しないからです。

そして、おそらく多くの人が一番納得できないであろうと思われる点、なぜベネズエラ政府はたかが為替レートを公開するサイトをここまで敵視するのかについて。

これは、単に、ベネズエラ政府の人たちが、こんな簡単なことすら理解できない程度にアホだから、というのが専門家の見解です(マジです)。

私自身、なぜ政府がここまでDolarTodayを敵視するのかという点について考えると、正直、意味不明すぎて頭が爆発しそうになります。ベネズエラ政府はそれくらい自由経済というのを理解していません。

ベネズエラ政府は自分たちが外貨の交換レートを恣意的に、適当に決めているので(なぜベネズエラの公定レートは1ドル6.3ボリバルから10ボリバルに切り下げられたのか?9.8ボリバルや11.7ボリバルや135ボリバルではなく、10ボリバルなのか?理由などなく、彼らがそう決めたからそうなのです)価格やレートは自然に決まるものだということが理解できないのです。だから、インフレが起きていることを示すサイトもまた、自分たちと同じように数字をでっち上げ、政府を困らせようとしている、経済戦争の攻撃を仕掛けている、と彼らは考えているようです。

ドーラートゥデイのこと」への7件のフィードバック

    • ベネズエラでも今ネットで一番話題になっているのは、マドゥロの真意は何か、これをやることでどんな効果を狙っているのか?という点ですね。はっきり言って不明です。
      この記事にある100ボリバル紙幣を使えなくすることや国境閉鎖には、マフィア云々というより、実際にはベネズエラ紙幣と外貨の交換がおこなわれているコロンビアのククタやブカラマンガの両替マーケットを混乱させる目的があるようです。つまり、このドーラートゥデイに対する攻撃と根は同じです。とにかく国境で自由に取引されるせいで露呈してしまってるボリバルの価値が暴落してるという証拠、というか現実自体を消したいんだと思います。
      とはいえ、こんなことやるのは、まさに目の前の蚊を払うのに火炎放射器で周囲を焼き尽くすような行為ですよね。

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      • なんかリンクされた記事もすさまじい内容ですね…冗談でも皮肉でも嫌味でも何でもなくネスター・レベロル内務大臣の言っている事がおかしすぎてむしろ怖くなってしまいました。下のコメント欄にも書いてありますがこんなトンデモ理論を真顔で言う事が出来る事だけはなかなか凄い事だと思います。

        記事を書いた方も指摘しているように今回の制作で一番困るのは銀行の口座を持っていない貧困層で、それはマドゥロ政権の一番の支持層でもあるのでこの層を攻撃するのはどう考えても政権にとって悪手だと思うのですが・・

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  1. この記事とは関係ないのですが、亡くなった前大統領のチャベスは現在の市民にはどういう評価なのでしょうか? また、ベ日子さんはどのように評価されているか、よろしければお聞きしたいです。

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    • 私はべ日子さんではなく管理人の野田と申します。
      べ日子さんは今はお休み中なので、変わって私がお答えすると、今でもチャベスを慕う人は沢山いると思います。

      ベネズエラ政府が罷免の国民投票の可能性を完全に閉ざしてしまう前までは、チャベス神話を反政府野党は戦略的に利用するべきだという考えを示した野党派議員の発言が大きな反響を呼んだこともありました。国民の大多数がマドゥロ政権に腹を立てているとはいえ、マドゥロの退陣を法的に求め、政権交代を実現させるには、野党にとって、長年チャベスを支持してきた(ために野党に与することに抵抗がある)層を取り込むことは必須条件だったからです。特に、穏健派のエンリケ・カプリレスなどは積極的にチャベスを今なお信じる人に働きかけており、それなりに成功もしていたと思います。

      ただ、国民投票実施の見通しがなくなり、経済危機が現状のようにシャレにならないほど悪化する中、ここ数週間はチャベスの名前をあまり耳にしなくなった気がします。ベネズエラ政治にとってチャベスの存在やその神話が重要な意味をもつこと自体に変わりはないでしょうが、現時点では、チャベスの神話すら霞むほどにベネズエラ国民は困窮しており、社会全体が大混乱の危機に瀕しています。とりあえずお腹が空いているし、文字通りの意味で(使える)お金がなくて困っています。
      なので、現時点では、与野党いずれにせよ、チャベスの名前を掲げたところでその影響力は以前ほどにはなくなっているのかもしれません。

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      • 野田様 お名前を間違えてすみませんでした。
        さっそくご返答ありがとうございます。

        最近、チャベスについていろいろ調べていると、非常に素晴らしい人物であると思うようになりました。
        (以前は、たんに南米の独裁者の一人という認識でした。)
        このような人物が日本ではほとんどその実像を知られていないことに驚きを感じたのです。
        (このあたりに、欧米および日本メディアの意図的な偏向を感じざるを得ないわけですが)

        チェベスが2013年になくなり、まだ3年しか経過していない状況で、はたしてベネズエラでは、その後継者であるはずのマドゥロとの関係で、どのような評価なのか知りたかったのです。
        非常に参考になりました。
        まさしく ”現時点では、チャベスの神話すら霞むほどにベネズエラ国民は困窮しており” ということなのでしょうね。

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      • 私は逆に、調べれば調べるほどチャベスが最悪の人物であるとしか思えません。そもそも日本ではチャベスが実際に行ってきたことはほとんど報道されず、その実像が知られていないことにかなり失望しています。日本メディアは単に無知なだけだと思います。一方で、伊高浩昭氏のような日本の南米専門ジャーナリストのデータや現実を無視し、政府のプロパガンダに疑問を持たずそのまま伝える偏向報道には激しい怒りを感じています。もしそのような偏向報道をご覧になって、チャベスは実は素晴らしい人物だと思うようになったというのであれば、ここで止まらずに、もっとチャベスについてお調べになることをお勧めします。

        例えば、つい先日ブラジルのオデブレヒトの汚職問題では、ベネズエラに9800万ドル(約115億円)が送られていたことが明らかになりました。チャベス以前では考えられない規模の汚職です。このような度を超えた汚職をベネズエラ政治に持ち込んだのはチャベスに他ならないと思います。チャベスが自分に権力を集中させる人材管理の方法として汚職を利用していたことは注目に値します。その結果、彼の死後に残ったチャベスに従順な側近たちは、マドゥロを含め犯罪者ばかりです。

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