抗議の嵐が吹き荒れるベネズエラ

3月末の自主クーデターのドタバタの後、小規模なデモが各地で頻発する中、4月7日野党指導者で、2012年の大統領選では当時の大統領のウゴ・チャベスに僅差で破れたエンリケ・カプリレスが、政府から15年間の政治活動禁止されたことを発表しました。これ以降、ベネズエラ中で抗議運動が一気に拡大。収束のめどは全く立っていません。それに対する政府当局による弾圧も苛烈さを増す一方で、この3週間ですでに抗議運動に参加した人が20名(うち1人は14歳の少年)が亡くなっています。(4月21日現在)

延々と投入される催涙弾

カラカスでは連日大規模な抗議が続いており、町中が催涙ガスの煙に包まれています。まず目立ったのが4月10日のデモ。この日の様子の写真をカラカスクロニクルがまとめているのでご覧ください。→#10A in Images

これらの抗議のほとんどは穏健で平和的なものです。落ち着いてインタビューに答えながら抗議に参加する野党指導者カプリレスの頭上に、突如降ってくる催涙弾。この様子は、現在の抗議運動とそれに対する弾圧の流れを象徴しています。

さらに、上空のヘリコプターから投げ落とされる催涙弾。催涙ガスは吸っても無害だとしても、空から落とされたこのような物体に当たれば命に関わります。

おまけに、催涙弾が赤ん坊がいる病院内にまで投げ込まれるなど、抗議に無関係の人にも被害が出ています。

現地情報を伝える記者への弾圧

さらにベネズエラでニュースなどを配信するオンライン動画配信サイトが遮断されるなど、メディアの検閲も強まっています。現地を取材するジャーナリストなどは、実際に攻撃対象になっており、多くの負傷者が出ています。私たちがベネズエラについて今知ることができるのは、身を危険にさらしながら、こうして現地で取材を続ける記者たちのおかげです。

卵を投げつけられるマドゥロ

4月12日、ベネズエラの地方都市サンフェリックスを訪れたマドゥロ。この様子は国営放送で「群衆から歓迎されるマドゥロ」として生放送されていました。実際は、怒った市民がマドゥロに物を投げつけながら「Maldito(畜生、クソ野郎)」の大合唱。投げつけられる物から大統領を守るボディガード。そしてマドゥロの頭に物が直撃した時点で、放送が突如中断しボリバル像の画像に切り替わるという事件がありました。

2014年とは違うのか

イースター中も抗議はおさまるどころか、規模、抗議の数ともに拡大を続けます。2014年にも全国規模の大規模な抗議運動が頻発した時期がありましたが、政府は最終的には鎮圧に成功し、事態は収束しました。今回が2014年と違うのは、抗議が長年チャベス派の票田となってきたスラムでもかなり起きていること、ベネズエラ経済が当時よりはるかに悪いこと、国民の多くが文字通りの飢えに直面していることなどがあると考えられています。

記念日

4月19日はベネズエラがスペインの植民支配を脱し、独立を宣言した日ということで、国民の祝日です。この日もベネズエラ中で大規模な多数の抗議が行われました。

話題になった装甲車の前に出て抗議する女性

カラカスだけでなく、他の州でも抗議と激しい弾圧が続き、タチラ州では抗議に参加した若い女性が殺されました。

デモを行っていたのは野党派だけではありません。政府もデモを呼びかけており、いつも通り、公務員が参加させられていました。カラカスクロニクルの記者が実際に政府系デモに潜り込み、その様子をレポートしています。

カラカスのダウンタウンは、左翼の昼興行といった趣だった。東側地区や西側地区からほんの数キロ離れたここでは、催涙ガスや弾圧がどれほど遠く感じられたか。反政府派なら行かないであろうその場所では、サルサの音楽、通りで踊る人々、茶色の紙で覆われた瓶、そして無料のオレンジが提供されていた。

チャベス支持者たちはそこでお祝いしていた。数多くのバスが、政府がいつもの手を使ったことを表していた。デモに強制参加させられた公務員たちだ。カラカス以外の街から、バスで連れて来られたのだ。

パーティーの雰囲気だった。誰もが物不足や、犯罪や、長蛇の行列のことを心配するのは忘れようと決め、その日の午後はただ「革命」を祝おうと決めたみたいだった。そこは、ベネズエラ中で最も幸福な場所だった。

Infiltrating the verbena ñángara downtown: Chavismo’s 19-A

20日も続く抗議

丸腰であることを示すために全裸で抗議する若者。彼も装甲車に立ち向かっていました。彼の背中の赤い斑点は、治安当局が抗議鎮圧に使うゴム弾の痕です。ベネズエラの抗議運動に参加した人が顔や体の一部がえぐられているような写真がありますが、その多くは至近距離からゴム弾を撃たれてできた傷です。

Manifestante-desnudo

深夜のスラムで起きた異常事態

20日の夜、カラカスの北西部の地区、カラカスでも最も治安が悪いスラムのひとつ、エル・ヴァジェで大規模な衝突がありました。またエル・ヴァジェは軍の主要基地フエルテ・ティウナから高速道路を隔ててすぐの所に位置しています。このようなスラム地区は、現在の経済危機が直撃しています。スラム内でも食料の配給にむらがあり、飢え問題とは特に深刻です。これに加えて、世界有数の治安の悪さ、非常に危険で暴力的な犯罪者のアンダーグラウンドが広がっているわけですから、事態が深刻にならないはずがありません。

パン屋を襲撃する人たち。そして大量に投入される治安当局と、コレクティボスと呼ばれる武装した政府系ギャング。そして激しい銃撃戦。逃げ回る人々。さらに催涙ガスが近所の子ども病院にまで広がるなど最悪の状況です。

結果的に、このエル・ヴァジェの混乱で11人が亡くなりました。

軍の本拠地の近くということもあり、軍関係の噂は多々あるようですがどれも裏を取るのが不可能な不確かなものばかりのようです。ただ、今この時期の軍が非常に微妙な状況にあることは言うまでもありません。

さらに、ここ数日で長年チャベスやマドゥロを支持してきたスラム街で過激な抗議運動や略奪が起きていることもポイントです。スラム街での出来事は、抗議にせよ、略奪にせよ、野党主導の抗議とはその政治的な意味も、その影響も異なります。

このようにスラム街での略奪や抗議が続けば、政府はいつか鎮圧しきれなくなるはずです。治安部隊がもたないからです。

ロイターが、このような現状下で治安部隊が抱える問題を取り上げています。ただでさえ薄給な上に超危険な仕事なので、人手不足が甚だしい。その上連日のデモで、いまは休みなく駆り出される。そして夜中には超危険なスラムで治安維持をしなければならないのに、装備は不十分。これでは、いつマドゥロ政権を支える治安当局が崩壊してもおかしくありません。

そしてこの週末も抗議は昼夜を問わず続くでしょう。

 

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抗議の嵐が吹き荒れるベネズエラ」への1件のフィードバック

  1. まとめありがとうございます。
    泥沼化する一方ですね。
    イスラム原理主義や米ソの思惑の絡むシリアや、部族間対立の深い南スーダンに比べ、ベネズエラははるかに恵まれているので、なんとか自国民だけで解決してほしいものです。

    いいね

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