ある知人の死 – 小谷孝子

ベネズエラに長年お住まいだった画家小谷孝子さんがまた当ブログに記事を書いてくださったので紹介します。


 

4月11日の新聞に79歳の女性が自宅で死体で発見されたとあった。

私はその人、マリナを知っていた。いつも一緒にプールで泳いでいた人だ。息子はベネズエラ人で初めてオリンピックで銅メダルを取った水泳選手Rafael Vidal。スポーツキャスターとしても人気者だった。

2005年、真夜中に高速道路を競争中の暴走族の車に追突され死亡。Hummerを運転していた加害者は金で罪を免れようしたが、彼女の必死な追及で裁判が行われ15年の刑を言い渡された。彼が有名人だったので優秀な弁護士が付き裁判が行われたが、これが一般人だったらたぶん寝入りになっただろう。

Rafaelは当時離婚手続き中でマリナは孫にも会わしてもらえずシャワー室の片隅に座って辛い思いをトツトツと話してくれた。とても意思の強い女性で息子の名前を付けた水泳競技大会を毎年催し貧しい水泳選手を援助してきた。

電話に出ない母親を心配して自宅に駆けつけた娘に発見された彼女の死について、メダルが目的の強盗に撃たれたと報道されていた。ただ金メダルではなく銅メダルだったから奪っても金目としての価値があったのかどうか。彼女の家は24時間警備員のいる高級住宅街だ。息子を暴走族の車に殺され、自分も自慢の息子の功績ゆえに殺害されるという恐ろしいことになった。

(後日新聞では彼女の家で庭師として働いていた未成年者が逮捕されたと報道された)

前の投稿手記で書いたが、私も1981年ドイツ村のあるコロニアル・トバールへ家族と遊びに行った帰り、飲酒運転の未成年者に追突され母を亡くした。

その時2歳の娘を胸に抱きかかえていたが、頭を切った私の血を浴びて血まみれになった子が動かないので一瞬死んでしまったと思ったが、眠っていたらしく、大きな声で名を呼ぶとぱっと目を開けてくれたのを覚えている。

通りかかった車で近くの救急病院まで運ばれ(シートが汚れるのもかまわず乗せてくれた見知らぬ人に感謝している)隣室で母が私を呼びAgua,Aguaと唯一知っていたスペイン語で水を求める声を聞いたが、私は麻酔を打たれそのまま意識がなくなった。

一週間後目が覚めた時母の姿を探して叫んでも誰も教えてくれず、やっと医者の口からもうこの世にいないことを知った時の絶望的な悲しみ。会社の人や友人が病室の外に待機してくれていたが会う気力もなく、加害者の少年が両親と詫びに来たと聞いたが到底受け入れることができなかった。

母と最期に撮ったカメラや母が腕につけていた時計、財布など事故現場で盗まれた。

その後裁判で争ったが、加害者が一時国外へ逃げ、精神が極度に参っていた私は途中で挫折して諦め、結局僅かな示談金で訴訟を取り下げた。夫が毎月その金を受け取りに行くのを悲しい思いで見送った。

この国では交通事故があった場所に小さなチャペルをよく見かけるが、私も何かを残したくて、事故現場の少し奥に入った所の大きな木の下に母の名を刻んだ碑を作った。家から3時間位かかる所へ定期的に花を添えに行ったが、ある時行くとブルドーザの入った跡があり、その碑は跡形なく消えていた。

数年たって海外に桜を送るという新聞記事を見つけ大使館に相談し日本人会の力添えで何十本かの苗木が寄贈されカラカス植物園で樹林祭が行われた。

私は母の着物で出席し、2本いただいて我が家の庭に植えた。一本は一年中小さな花を咲かしていたが少しも大きくならなかったので場所を移したところ枯れてしまった。後の一本も背は伸びたが結局花をつけず、いつの間にかやはり枯れてしまった。たぶん気候が合わなかったのだろう。

ラ・グアイラ港の検閲で上を切り揃えたと聞いたからそれが良くなかったのか、それとも常夏の国でも育つ、強い種類を持ってくるべきだったのか分からない。

当時ベ元日本留学生会の会長をしていた設計家の夫がParque del Este(東公園)に日本公園を作る計画を進め公園局の土地も確保し、地面図もでき記念式典を行った。べ折紙協会の仲間と千羽鶴を飾り、日本企業の寄付を募ったが当時政権が変わり経済が不安になって結局資金不足でこの話は自然消滅してしまった。人には言わなかったが桜の咲き誇る日本庭園をカラカスに造り母に捧げるのが私の願いだった。

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ある知人の死 – 小谷孝子」への5件のフィードバック

  1. あまりいい話ではありませんがカンパニーの連中が最近国境周辺の反体制派に武器を提供しているという噂があります。アンクルサム連中はあまりベネズエラにいい感情を持っていないので気前よくAKをばら撒いているそうです
    (軍の採用している規格と同じ弾薬を使用するタイプ。鹵獲や横流しで鉛飴を調達出来ます。)同胞同士で殺し合えばいいと思っているようです。

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      • 南米方面に詳しい知人からAKとはなんだと聞かれました。彼は投資なんかのビジネスが専門です。コロンビアか何処かで本人曰く、なんでもアメリカや中国製のAR-15やAKを集めている奴らがいると聞いたそうです。なのでAR-15はアメリカ軍M16ライフルの民生品でAKはベネズエラとかが採用しているロシア製の軍用ライフルですよ、と言いました。多分、和平が成ったので放棄された銃を安く手にれてベネズエラに送ったんでしょう。銃は手っ取り早く売れますし、この状況は新ロシア、親中政権の打倒を掲げるアンクルサムの夢ですから。ベネズエラの人々にとって救いがないのは政権不安定化工作を利権の為に邪魔したりするEU圏の国々を敵に回しているので多分大手を振ってニカラグアや中東諸国の二の舞になりそうです。あと、政権側がまた中国から兵器を輸入したいと打診しているそうです。多分大手を振ってデモ隊にMBTを投入したいと思っているようです。まるで南米版天安門ですね。

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      • 先日アメリカ軍が正式に旧ワルシャワ条約機構軍の規格弾薬を使用する機関銃の生産を国内メーカーに依頼する事を発表しました。以前から安価で普及している旧ワルシャワ条約機構軍機関銃の兵器を使用する国家や反政府組織を支援する際に弾薬供給に問題が起きる事があり、これを改善する為だそうですが実際は秘密作戦用のシリアルナンバー無しの兵器を中国から輸入出来なく成ったので旧ワルシャワ条約機構加盟国のメーカーに生産を依頼するケースがありましたし、AKライフルシリーズとその弾薬はアメリカで生産されています(民間軍事会社向け)。これらの銃火器を含む兵器を中東やアフリカ、南米の支援している組織に供給するそうです。また、特殊部隊の軍事顧問派遣に強い意欲を示したようです。アメリカと中国の関係が悪化しているのでさらにベネズエラの状況が悪くなるかもしれないです。

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  2. 現在のヴェネズエラの様子を読むにつれて、カリブ海に面した美しい国、何とかならないものかと心を痛めます。22年も前になりますが阪神淡路大震災の時偶然知り合った音楽家エリック・コロンさんと奥様はヴェネズエラ在住が長かった方です。やはり27年前ヴェネズエラの暴動に巻き込まれ、一家で日本へ帰国(奥様が日本人・声楽家)された事を伺っております。今はお嬢様がソプラノ歌手としてヴェネズエラ大使夫人として(4月14日毎日新聞掲載)ご活躍の様子にて、何かつながりを感じます。又、今を時めく世界的な指揮者グスターボ・ドウダメルはヴェネズエラ出身、コロンさんと同時期にヴェネズエラで音楽活動されていたのではないでしょうか。早くヴェネズエラが平穏になりますよう願うばかりです。音楽センスの高い国なのに…

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