トイレットペーパーの芯から覗くベネズエラ

先日、日本貿易振興機構(ジェトロ)のカラカス事務局長、松浦健太郎氏による『外国プレスが報じないベネズエラのもう一つの真実』という大仰なタイトルのオピニオンが、在日ベネズエラ大使館のサイトに公開されました。
「ベネズエラの現状と実態、そして今後の展望について紹介したい」とありますが、内容は展望どころか、稚拙で真実味のない私見でした。これに反論したいと思います。

2017年は2016年より落ち着いた?

この記事の中で、松浦氏は次のように書いています。

生活実感として現在のベネズエラは一年前と比べると落ち着きを取り戻しつつあるように感じる。もちろん現在の生活環境が良いわけではない。それだけ2016年前期の状況が深刻だったということだ。16年前期のベネズエラは3重苦に悩まされていた。1つ目は原油価格の下落、2つ目は電力不足、3つ目は与党内部の混乱である。

確かに、計画停電はなくなりました(ただ、今も地方都市では停電は日常茶飯事)。でも現在のベネズエラでは、電力不足解消ではおぎなえないほどの、物不足、食料不足、薬不足が起きています。2016年前期に比べ2017年の状況が落ち着きを取り戻しつつあるというのは、数々のデータや事実に相反しています。

ENCOVI(ベネズエラの生活状態に関する世論調査)によるとベネズエラでは2016年に貧困層82%(2014年が48%)、うち極貧層が52%(2014年は24% )と急増、国民の73%が、自分の意志に反して平均で8.7kgも体重を減らしています。
さらに、ベネズエラ保健省によれば2016年の1歳未満の赤ん坊の死亡率は2015年比で30.12%上昇、妊産婦の死亡率は2015年比で67%上昇と急増しています。これだけ見ても、ベネズエラの状況は急激に悪化しているという他ありません。

ちなみに、これらは「外国メディア」が公表したものではなく、ベネズエラ国内の団体やベネズエラ政府が公表した情報です。

原油価格下落だけが問題?

石油に関しては、問題は原油価格の下落だけでははなく、長年の投資不足によるものであることは周知の事実ですが、現状ははるかに悲惨で、オイルタンカーの汚れをとるお金すらなく、手作業で洗っているほどです。

またパイプラインの老朽化などにより、今年に入ってベネズエラ国内でガソリン不足も起きています。

このような危機的状況にも関わらず、2017年になって、国の経済の肝であるはずのPDVSAの要職に、石油のド素人の政府に近い人物ばかり(例えば外相デルシー・ロドリゲスなど)が就任しており、マドゥロ政府に本気で状況を改善しようとしている姿勢は見られません。

与党内はまとまってる?

与党内の混乱は、むしろ深まる一方です。松浦氏は、「伝統的な政治家勢力と軍部が力を取り戻した格好になっている」と言いますが、もともと影響力のないミゲル・ペレス・アバッドが職を去ったところで、影響は皆無です。

ベネズエラ政権内の権力は、役職名とは基本的に無関係。松浦氏の言う「伝統的な」政治勢力(おそらくマドゥロの妻シリア一派、副大統領タレク一派、諜報局SEBINを裏で操るディオスダド一派、軍を抑えるパドリーノ、警察を抑えるレベロル、あちこちに登場するロドリゲス兄妹、離反した司法長官ルイサなどだと思いますが)には、裏でどんな利害関係や権力闘争があり、力関係のバランスが政局にどう働いているのかこそ、常に注視すべきなのです。

先月、司法長官ルイサ・オルテガがマドゥロ政権に対して明確に批判的な対立する立場をとったことは松浦氏もご存知のはずです。今、反政府派の抗議参加者を不当に投獄することをオルテガが拒否しているため、一般市民が軍事裁判にかけられるという事態が起きています。これは、司法当局と軍が対立するという未だかつてない事態であり、治安維持に関して重大な危機をもたらしています。

与野党の支持率に意味あるの?

松浦氏は、国会選挙に勝ったにも関わらず何の成果もあげられなかった野党統一党(MUD)の評価が2016年以降急激に下がる一方、与党を評価する意見に変化がなかったことや、マドゥロ不支持率が下がっていることを指摘し、これを野党はダメだと考える根拠にしています。

ちなみに、野党が過半数を閉める国会が何の成果も挙げられなかったのは、法案がことごとく最高裁に無効化されたからであり、これを野党の責任とするのは、うがった見方だと思います。

とはいえ、「選挙で野党が勝った」という勝利体験くらいしか存在意義のない国会に、国民が失望するのは自然でしょう。それに、野党が国会選挙で勝てたのは、チャベス死後に生活苦から与党を支持しないという消極的な野党支持者が多かったから、という指摘も正しいと思います。

実際、ベネズエラの選挙では、常に積極的なチャベス主義者でも積極的な野党支持者でもない層をいかに動かすかが肝となります。だからこそ、4月以降、積極的な野党支持者でない層を大々的に巻き込んだ反政府デモが1ヶ月以上続いていることが、すべてを表していると考えるべきです。

今まで政治の表舞台に出てこなかったお年寄りや選挙権を持たない10代の若者たち、チャベス支持者の家族、カラカスの西側地区(長年チャベスを支持してきた貧困層の多い地域)に住む人たち、チャベスが建てた公共住宅に暮らす人たちが、今マドゥロ政権打倒と民主主義を求めて抗議していることは無視できません。

(4月末、マドゥロ政府支持者の護民官タレク・ウィリアム・サアブの息子が、父親に向け政府にデモ弾圧をやめさせ、民主主義を守るために尽力することを要請する演説をYouTubeにアップした。これは反政府派、政府派を問わず大きなセンセーションを巻き起こした。)

貧乏人に高尚なテーマは理解できない?

松浦氏は、野党には国民の支持を集められないとした上で、理由を次のように説明します。

個人的には、現野党はいつまでも一般大衆を代表する組織にはなれないと感じている。理由は野党政治家がエリート層だからだ。彼らの暮らす世界と一般大衆の暮らす世界には隔たりがある。一般大衆は今を生きるための対策を求めているが、野党政治家からは生活のひっ迫感がない。真っ白なシャツときれいなジーパンで国民に語り掛けるのは、表現の自由や法の下での平等、政治犯の解放や憲法違反など高尚なテーマが多い。スイスやドイツであれば彼らの主張は国民に届くだろうが、ベネズエラの一般大衆の求めるものは今の生活を生きるための支援で野党政治家の主張とずれている。今の野党のままでは大衆の共感を得ることはできない。

スイス人やドイツ人と違い、ベネズエラの貧乏人には高尚なテーマは理解できない?ベネズエラ国民をバカにし、見下すにもほどがあります。

現政府を批判すれば、生活の糧のCLAPにもありつけない。これが表現の自由の侵害でなければ何でしょうか。法の下で平等でないから、犯罪者に家族を殺されてもきちんと調査されない。憲法違反は高尚な話ではありません。インフレや飢えは政府の失策によるものなのに、選挙で政府を変えることすら認められない。

政府が生活必需品のほとんどを管理する中で、政治は日々の生活に直結しています。国民はそれを理解しているからこそ、マドゥロに反対し抗議の声をあげているのです。

政治犯の解放も難しい話ではありません。レオポルド・ロペスの妻リリアン・ティントリに、政治問題抜きに、母親として妻として共感している人は多いです。お父さんが不当に牢屋に入れられ顔すら見せてもらえない、幼い子ども達がかわいそうだと感じるのが人情です。

庶民から離れた政治家のライフスタイル

むしろ、マドゥロダイエット(マドゥロ政権下で食料不足で体重を減らす人が多いことから)で10kg近くも体重を減らし、ゴミ箱をあさって食料を探すしかない人たちにとって、テレビで太った体を揺すりながら楽しそうにサルサを踊ってみせ、帝国主義者だ!ファシストだ!と喚き散らすマドゥロ大統領の方が、共感は得られないでしょう。

現政府高官の私生活の写真(自家用ボートに飛行機、車庫に並んだスーパーカー、ロレックスの時計、パリやニューヨークの高級ブティックでのショッピング、ディズニーランド観光など)がネットに流出し、政府高官が叩かれているのは、まさに政権に携わる人々のやっていることが、一般市民の生活とかけ離れているからに他なりません。

(下の動画は、ベネズエラの下っ端の軍人たちが、ゴミ箱を漁って食べ物を探す姿。彼らがマドゥロ政府高官に対してどんな思いを持っていることか。)

マドゥロに経済立て直しはできない

松浦氏は、ベネズエラ経済の建て直しには、外貨管理制度をやめて自由相場制に移行することが必要だと述べていて、この点に異論はありません。

ところで、ミゲル・ペレス・アバッドが副大統領のときに一部自由相場制を取り入れる政策を打ち出したことをお忘れでしょうか?1年以上経って、先日マドゥロは今月末このペレス・アバッド時代の政策を、今月末に導入すると発表しました。ラファエル・ラミレスが経済担当をしていた時期にもこの手の政策は提案されましたが、実施されませんでした。

長年、発表だけで実施はしないの繰り返し。むしろ、万が一マドゥロがにまともな経済政策案があっても、それを実行に移すだけの実力を政権内でもっていないと見るべきです。

また、現状でベネズエラで資源関連の産業に進出するには、莫大な賄賂が必要で、まともな外国企業は汚職防止法違反を避けられません。ビジネスが軌道に乗っても、その時点で政府から接収される可能性が高いことなどから、現政権が続く限り、ベネズエラでのビジネスは不可能だと思います。

松浦氏はトイレットペーパーの芯からベネズエラを覗いている

松浦氏は、与野党の支持率というごく一面を切り取り、それを根拠にベネズエラの姿を描こうとしています。が、それは「真実」にはほど遠い、ただの希望的観測です。

うちの3歳児が好きな遊びに、トイレットペーパーの芯を望遠鏡みたいにして覗くことがあります。芯の穴から覗くと、周囲は普段と異なって見える。松浦氏の論法はこれと同じです。狭い局面を切り取って見れば、外国メディアが伝えるベネズエラとは異なって見えるでしょう。でも、こんなものを展望とは言いません。

現在のように情報が錯綜する困難な状況において、できる限り正確な情報を政府内外から入手し、イデオロギーに囚われない視点から分析し、少しでも先を見通すことはクリティカルな課題です。個人の主義思想によって情報を意図的に取捨選択し、現実の解釈を歪めるような人はお呼びでありません。

広告

トイレットペーパーの芯から覗くベネズエラ」への6件のフィードバック

  1. 本日ニューズウィーク日本版がベネズエラの政権が溜め込んだ対空兵器など危険な情勢を伝える記事を投稿しました。まさに南米の火薬庫になりつつある同国に一体全体誰が投資する勇気があるんでしょうか?神は一体ベネズエラをいつ救うんでしょう。それに合わせてブラジルがもっとは早くやるべきだった貧民街の麻薬カルテル掃討作戦今更を展開しています。どうやら隣国から大量の兵器を輸入(携帯式対空ミサイルいわゆるMANPADSでアフガンで活躍したスティンガーミサイルなどが有名です。)する計画をしていた連中(フィクションの話ではありません、麻薬カルテルは金が有り余ってます。)が少なからずいた様で、国内政治より人身売買、食肉偽装や麻薬カルテルとの癒着問題などダーティーなビジネスで利益を上げることに腐心している頭空っぽな政府でも少なくとも中東やアフリカばりの泥沼内戦を避けるだけの頭はあったみたいです。

    いいね

  2. 先ほどに続きますが南米ニュースというサイトによればなんと!国内の悲惨な情勢を無視して何人もの人命を奪う汚い戦争を右派左派関係なく繰り返しているラテンアメリカで外国製兵器輸入のランキングが発表されました。堂々の第1位は我等がベネズエラでロシアや中国製の兵器を救済用の医療品や食糧より優先しているど畜生な腐れっぷりです。いくらジェトロが勧めても、少なくとも内戦やらかして毎日苦しんでいる人々がいる国に投資する勇気が有る人は中々いないと思います。誰だって貧しい人にパンじゃなく銃弾喰らわせる人間と同類になりたくないでしょうから。

    いいね

  3. 松浦氏はどの様な方なのかわかりませんが、どうやらご本人か近しい方の様がコメントされてますね。匿名の方、全く持って大丈夫ですよ。今日のニュースでベネズエラ政府軍(警察含む)の中国製VN-4装甲車がデモ隊の中に突入して何人かケガ人が出てました。ジェトロの言っていることとNodaさんの記事を比べたらNodaさんを信じます。ベネズエラ政府の元バス運転手だった赤いご友人によろしくお願い致します。私はアルジェリアやコロンビアで起きた事件を忘れていませんので南米やアフリカに投資するなんて逝かれている真似はできません。キックバックは諦めてください。

    いいね

  4. これって名誉毀損ですよね。訴えられませんか?彼のレポートを読みましたが、そこまで突飛な意見を言っている印象はありませんでした。ベネズエラ人を馬鹿にした表現でもないと思います。
    私は松浦さんを知っていますが決して与党に偏った見解を持っている方ではありません。松浦さんへ掲載可否について了解は取られていないようですね。相手の真意を理解しないで、ここまで否定するのは不快感を覚えます。

    いいね

    • どの点が名誉棄損ですか?

      引用元にリンクも貼っていますし、彼の書いた文章を引用した箇所には引用とわかるよう記しもしています。松浦氏の文章は公のサイトに一般公開されていたものです。掲載可否について了解を取らなければならない理由はないと思いますが?

      相手の真意を理解しないのではなく、私は彼の書いた文章について反論しているだけです。読み違いをしている点があるとすれば一体どこでしょうか?

      松浦氏を個人的にご存知でこの投稿に対して不快に感じられるのはあなたの自由ですが、反論があるなら、問題点を具体的に指摘していただき、反論の根拠を示してください。

      いいね

      • このかたは5年間ベネズエラに住んだだけで自分の意見として書かれていますが、ドル生活をしている人は,一般庶民の生活を身近には見ていないし人々の苦しみや悲しみを感じることはほとんどないと思います。本当のベネズエラ人の愛国心や思いやりも知っていればこんな冷たい書き方はしないだろうと残念に思います。
        所詮自分には関係のない他人の国だからでしょう。。。。。。。。運転手付きの防弾ガラスから降りて、一度実際にデモに参加してみてください。

        いいね: 1人

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中